第39話:天空の吊り橋と、風の襲撃者
#### 天空の回廊
古のドワーフの門の先に広がっていたのは、人の記憶から、数百年もの間、忘れ去られていた絶景だった。
雲よりも高い、切り立った山脈の中腹に、広大な、陽光溢れる隠された渓谷。そして、その渓谷の向こう岸へと続く、壮麗な、しかし、あまりにも長大な一本の吊り橋。
「……これが、『忘れられた王の道』の、真の姿か」
ローランが、畏敬の念を込めて呟く。
一行は、その絶景に息を呑みながらも、意を決し、次なる一歩を踏み出す準備を始めた。
ローランは、橋の袂の石材を、厳しい目で検分している。
「……ドワーフの仕事は千年保つという。だが、この橋が架けられて、すでに千年か、あるいは、それ以上か。……全員、祈るなら今のうちだぞ」
彼の言葉が、この橋を渡ること自体が、すでに危険な賭けであることを、一行に知らしめた。
先頭に立つのは、護衛隊長アルフォンス。彼の、揺るぎない背中が、仲間たちに勇気を与える。
一行は、慎重に、しかし、着実に橋を渡っていく。
#### 風の襲撃者
一行が、橋の中ほど、後戻りも、先に進むことも困難な、最も無防備な地点に到達した、その瞬間。
キィィィィィィーーーッ!
甲高い、空気を引き裂くような鳴き声が、渓谷全体に響き渡った。
崖の、いくつもの洞穴から、翼を持つ魔物の群れが、一斉に飛び出してくる。
それは、鋭い鉤爪を持つ鳥の脚と、猛禽のような翼、そして、どこか人の女にも似た、歪んだ顔を持つ、**『ゲイル・ハーピー』**の群れだった。
「総員、戦闘態勢!」
ローランの号令と同時に、アルフォンスと民兵たちが、即座に円陣を組み、盾を構える。
だが、ハーピーたちの最初の攻撃は、一行自身ではなかった。彼女たちは、その鋭い爪と、風の魔法によって生み出した真空の刃で、吊り橋を支える、何本もの太い支え綱を、狙い澄まして切り裂き始めたのだ。
橋が、これまでとは比較にならないほど、激しく、そして、不規則に揺れ始めた。
#### 天空の総力戦
「円陣を維持しろ! 敵を近寄らせるな!」
ローランの的確な指示が飛ぶ。
アルフォンスと民兵たちは、橋の中央で円陣を組み、アークたち非戦闘員を、上空からの急降下攻撃から守る、揺るぎない「盾」となった。
そして、この戦いの、唯一の長距離攻撃手である狩人カエルが、弓を構える。彼の放つ矢だけが、自由に空を舞うハーピーたちに届く、「剣」となっていた。
一羽のハーピーが、円陣の死角から、アークの魔法を妨害せんと、一直線に突撃する。誰もが反応できない、その刹那。
ヒュッ、と空気を切り裂く風切り音と共に、一筋の矢が、ハーピーの目に、寸分の狂いもなく突き刺さった。
「――アーク様には、指一本触れさせねぇ」
カエルは、静かに、しかし、力強く呟くと、即座に次の矢をつがえた。
仲間である「緑の番人」もまた、この絶望的な戦いを支える、かけがえのない英雄の一人だった。
そして、この戦いの、最も重要な役割を担うのが、アークだった。
「**『植物成形(中)』**!」
ハーピーたちによって切り裂かれ、今にも切れ落ちそうな支え綱。その断面から、アークは、即座に、強靭な木の蔓を「再生」させ、橋そのものが崩落するのを、必死に防ぎ続ける。彼の魔法が、文字通り、仲間たちの「生命線」だった。
#### 兄弟の連携、再び
狩人カエルの奮戦もむなしく、ハーピーの数は減らない。そして、業を煮やしたかのように、ひときわ巨大な、女王と思しき個体が姿を現した。
その翼は、ただの鳥ではない。まるで、黒曜石を磨き上げたかのような、不気味な光沢を放っていた。そして、その首には、かつてこの橋に挑み、敗れ去ったであろう、ドワーフのものと思しき、錆びた認識票が、戦利品のように、いくつもぶら下がっていた。
この吊り橋の「主」として、長年君臨してきた、歴戦の強者。その絶望的なまでの「格上感」が、一行にのしかかる。
女王は、アークを、この戦いの要であると見抜き、彼一人に狙いを定め、一直線に突撃してきた。
「アークに、指一本触れさせるかァァッ!」
アルフォンスが、迫り来る女王の前に、その巨体と、古のドワーフの戦斧を構え、立ちはだかる。凄まじい衝撃と共に、女王の突撃を、その身をもって受け止める。
兄が、命がけで、たった一瞬の「時間」を稼ぐ。
その一瞬を、弟は、逃さない。
「――今だ!」
アークは、防御に使っていた魔力を、全て、攻撃へと転換する。彼は、足元の、傷んだ床板の一部を、木魔法で、巨大な、そして、極限まで鋭く尖らせた**『木の槍』**へと変貌させ、それを、アルフォ-ンスの盾ごと女王を貫かんばかりの勢いで、射出した。
ギィィィィィッ!
木の槍は、女王の翼の付け根を、深々と貫いた。
甲高い悲鳴を上げ、深手を負った女王は、一行を憎々しげに睨みつけながらも、群れ全体に、撤退の鳴き声を上げた。
ハーピーの群れが、傷ついた女王を庇うように、崖の巣穴へと、去っていく。
嵐のような戦いが、終わった。
だが、一行は、ボロボロだった。魔力を使い果たしたアークは、その場に膝をつき、アルフォンスも、全身から力を抜き、床板に倒れ込む。
そして、彼らの立つ吊り橋は、今にも崩れ落ちそうなほど、無残に破壊されていた。
ローランが、顔面蒼白で叫んだ。
「……全員、走れ! この橋は、もう持たんぞ!」
その言葉を証明するかのように、彼らが渡ってきたはずの、坑道側の橋の袂が、大きな音を立てて崩落し、奈落の雲海へと消えていった。
もはや、退路はない。
絶望的な状況は、まだ、終わっていなかった。
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