第38話:古の門と、設計士の鍵
#### 束の間の休息と、新たなる壁
ジャイアント・ロックバグとの死闘から一夜が明け、一行は、勝利の興奮と、確かな自信に満ちていた。
アルフォンスは、仲間たちから、その勇猛さを称賛され、はにかみながらも、護衛隊長としての風格を漂わせている。アークの指示の下、『緑の番人』たちが、ロックバグの硬い外殻を、貴重な資源として採取していく。この道が、村に新たな富をもたらす「宝の道」であることが、早くも証明されつつあった。
士気高く、一行が坑道を進んでいくと、その道は、突如として、完璧な平面を持つ、巨大な石の壁によって、完全に塞がれていた。
それは、一枚岩から削り出されたかのような、継ぎ目一つない、ドワーフの仕掛け扉。その表面には、複雑怪奇な紋様と、古のルーン文字が刻まれている。
その、あまりの威容と、そこから放たれる、古の魔法の気配に、一行は、なすすべもなく立ち尽くした。
#### 古の叡智
「……化け物だ。人間の技術じゃねぇ。傷一つ付けられん」
ダグが、その職人としての目で扉を検分するが、絶望的に首を振る。アルフォンスが、渾身の力で剣を叩きつけても、火花が散るだけで、刃がこぼれるだけだった。
ローランが、扉に刻まれた、古のドワーフのルーン文字を、知識を総動員して読み解いていく。
「……『太陽の光が、月の影を照らし』……」
ローランがそう呟いた時、坑道の天井の亀裂から差し込む一筋の光が、床の埃を、白く照らし出した。
「……『山の涙が、渇いた大地を潤す時』……」
その声に応えるかのように、壁の岩肌を伝う、僅かな水滴が、ぽつりと音を立てて、乾いた地面に小さな染みを作った。
「……『王の道は、再び開かれん』……。何かの、詩のようですが」
それは、この扉を開けるための、あまりにも抽象的な、謎かけだった。
#### 設計士の鍵
誰もが、扉そのものに隠された仕掛けや、物理的な「鍵」を探そうと躍起になる中、アークだけは、全く違うものを見ていた。
(……違う。みんな、間違っている。これは、詩なんかじゃない。これは、**一枚の『設計図』**なんだ!)
アークの脳裏に、この坑道全体が、三次元の設計図として再構築される。太陽光は「照明の線」、湧き水は「配管の線」、床の石は「設置の目印」として、その本来の意味を現した。
数百年前にこの門を設計したドワーフの天才建築家と、アークの魂が、時を超えて「設計図」という共通言語で対話する、奇跡の瞬間だった。
「みんな、手伝って!」
アークの声に、仲間たちが集う。彼は、魔法で全てを解決するのではなく、仲間たちに、それぞれの役割を与えた。
「ダグさん、その大盾を、あの光が差し込む場所に、この角度で構えて!」
ダグが、言われた通りに盾を構えると、太陽光が反射し、扉に刻まれた「太陽の紋様」を、ぴたりと照らし出す。
「兄さん、エルダンさん! 僕が作るこの水路を支えて、あそこの乾いた地面まで、水を導いて!」
アークが木魔法で作り出した、即席の木の樋を、アルフォンスたちが支え、壁を伝う湧き水(山の涙)を、扉の足元にある、ひときわ乾いた地面(渇いた大地)へと、正確に注ぎ込む。
「ローランさん! 扉の、あの紋様を!」
水が大地に染み込んだのを確認し、アークが叫ぶ。ローランが、杖で、扉に刻まれた最後のルーン文字に触れる。
全ての条件が、満たされた、その瞬間。
扉に刻まれた全てのルーン文字と紋様が、青白い光を放ち始めた。
ゴゴゴゴゴ……と、地響きと共に、数百年もの間、閉ざされていた、巨大な石の扉が、ゆっくりと、内側へと開いていく。
それは、アーク一人の力ではなく、彼の「頭脳」を、仲間たちが「手足」となって実現させた、チームの完全な勝利だった。
#### 忘れられた過去と、新たな道
扉の向こうには、奇跡のように、手つかずの、美しい石畳の道が続いていた。壁に埋め込まれた、淡く光る鉱石が、坑道を神秘的に照らし出している。
扉のすぐ脇にあった、古の衛兵詰所。その石の机の上に、一本のドワーフの戦斧と、一枚の石板が、埃を被って残されていた。
ローランが、その石板に刻まれた、最後の伝言を読み上げる。
「……大地が、揺れる。地下深くで、奴が、目覚めた。我らは、王の道を、ここで封じる。王よ、我らの不忠を、許し給え……」
その、不穏なメッセージに、一行が息を呑む。
そして、ローランは、埃を払った戦斧を、恭しく手に取った。それは、見事な装飾が施された、屈強な両手斧だった。
「この屈強な斧は、我らの道を切り拓いた、護衛隊長である、アルフォンス殿こそが持つにふさわしい」
ローランに進言され、アルフォンスは、その重い歴史を受け継ぐように、その斧を、固く、握りしめた。兄が、古の英雄の武器を手に入れた瞬間だった。
一行が、坑道の出口から、眩い光の中へと歩み出る。
目の前に、息を呑むような、絶景が広がった。
雲よりも高い、切り立った山脈の中腹に、広大な、陽光溢れる、隠された渓谷。そして、その渓谷の向こう岸へと続く、壮麗な、しかし、あまりにも長大な、一本の吊り橋。
それこそが、忘れられた王の道の、真の姿だった。
アークたちは、その絶景と、これから進むべき、あまりにも険しい道のりを前に、言葉を失う。
彼らの冒険が、まだ、始まったばかりであることを、誰もが悟った瞬間だった。
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