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現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~  作者: はぶさん


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第3話:秘密の畑と、希望の種

母の部屋を修理してから、数週間が過ぎた。

屋敷の中に響いていた母の咳はほとんど聞こえなくなり、血色の悪かった頬にも、ほんのりと赤みが差すようになった。穏やかな寝息が聞こえてくる夜は、アークにとって何よりの安心材料だった。


「アーク、おかわりはあるぞ」

「うん、父さん!」


食卓の雰囲気も、以前よりずっと明るくなった。

父の無骨な優しさも、兄の悪戯っぽい笑顔も、母が元気になったことで輝きを増しているように見える。継ぎ接ぎだらけの服を着たギデオンが、嬉しそうに皆の皿を見守っている。


アークはこの温かい光景が、心の底から好きだった。

しかし、その一方で、どうしても気になってしまうものがあった。


(……やっぱり、これだけじゃダメだ)


アークは、目の前の皿に乗った『辺境イモ』を見つめた。

皮が硬く、筋っぽい食感。味はほとんどなく、ただ腹を満たすためだけの芋。それが、このライナス男爵領で主食とされている作物だった。

痩せた土壌と短い夏でもなんとか育つというだけで、栄養価も、味も、お世辞にも良いとは言えない。


母の病を根治させるには、薬だけでなく、日々の食事から十分な栄養を摂ることが不可欠だ。

家族みんなの体力をつけるためにも、食生活の改善は急務だった。


(もっと栄養があって、美味しくて、たくさん収穫できる作物が……ある)


アークの脳裏に、前世の記憶が鮮明に浮かび上がる。

日本という国で、当たり前のように食卓に並んでいた、あの野菜。

品種改良を重ねられ、様々な料理で人々を笑顔にしてきた、大地の恵み。


――ジャガイモだ。


特に、アンデス山脈のような高地や寒冷地で栽培されていた品種は、この北の辺境の気候にも適応できる可能性がある。デンプン質が豊富で栄養価も高く、何より、美味しい。


問題は、どうやってそれを手に入れるか。

この世界に存在するはずもない植物だ。交易で手に入れることなど不可能だろう。


(……いや、一つだけ方法がある)


アークは、自分の内に宿る力に意識を集中させる。

これまで『植物成形』と『植物育成』の力は試してきた。だが、彼の木魔法には、まだ使ったことのない系統の能力があった。

その最初に記されているスキル――『種子生成(現代植物)』。


前世で知識のある現代植物の種子を、魔力から直接生成する能力。

まさに、この状況を打開するためにあるような力だった。


「……よし」


小さな決意を固めたアークは、翌日から行動を開始した。

まずは、実験のための畑が必要だ。

いきなり屋敷の畑に植えて、見たこともない作物が育てば大騒ぎになる。それに、失敗する可能性も考えなければならない。


アークが目をつけたのは、屋敷の裏手にある、普段は誰も近づかない小さな空き地だった。

日当たりは悪くない。あとは、土壌の問題だけだ。


「うーん、やっぱりガチガチだな……」


地面に落ちていた木の枝で土を掘り返そうとするが、硬くて全く歯が立たない。石ころだらけで、栄養分もほとんど残っていなさそうだった。

普通の子供なら、ここで諦めてしまうだろう。


だが、アークには木魔法がある。


「『植物育成(小)』……!」


アークは地面に両手を当て、魔力を注ぎ込んだ。

彼の魔法は、植物だけでなく、土の中にいる微生物や、枯れて土に還った植物の根といった、生命の循環に関わるものすべてに微弱ながら影響を与えることができた。


魔力を注がれた地面から、フツフツと生命が芽吹くような微かな音がする。硬く締まっていた土が内側からほぐれ、石ころを押し上げ、まるで大地が深呼吸をするかのようにゆっくりと柔らかくなっていく。乾いた土にわずかな湿り気が生まれ、微かに腐葉土のような匂いが立ち上った。


数日かけて、来る日も来る日も魔力筋トレのついでに土壌改良を続けた。

そしてついに、一抱えほどの広さの、ふかふかとした秘密の畑が完成した。


「はぁ……はぁ……。よし、これで準備はできた」


魔力をほとんど使い果たし、息を切らしながらも、アークの目は希望に輝いていた。

いよいよ、計画の核心部分に取り掛かる。


その夜。

アークは自室のベッドの上で、精神を集中させていた。

目を閉じ、脳裏に『ジャガイモ』の姿を完璧に思い描く。


ゴツゴツとした形。薄い茶色の皮の質感。芽の部分のくぼみ。切った時の断面の白さ、デンプンの匂い。写真や図鑑で見た知識だけでなく、前世で料理をした時の手触りや、食べた時の味まで、五感のすべてを動員してイメージを精密に構築していく。


これは、木の形を変える『植物成形』とは次元が違う。

無から有を、生命の設計図そのものを生み出す、神の領域に踏み込むに等しい行為だ。もしイメージが僅かでもぶれれば、それは猛毒を持つ未知の怪物に姿を変え、家族を救うどころか、破滅させる引き金になりかねない。


「……っ!」


全身の魔力を、右の手のひら一点に集約させる。

心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝った。


すると、アークの掌が、これまでで最も強い新緑の光を放った。

光の中心で、魔力が少しずつ形を成していく。

それは、まるで小さな宇宙が生まれるような、神秘的な光景だった。


やがて光が収まった時、アークの掌には、温もりを持つ一つの『生命』が握られていた。

親指の先ほどの大きさしかない、ゴツゴツとした不格好な塊。だがそれは、前世の記憶に刻まれた、紛れもない『種イモ』だった。


「……で、きた……!」


全身から力が抜け、アークはベッドに倒れ込む。

魔力は完全に枯渇し、頭が割れるように痛んだ。たった一つ、この小さな種イモを生み出すだけで、彼の魔力は限界だった。

だが、その疲労感は、極上の達成感に変わっていた。


翌日の早朝。

アークは誰にも見つからないよう、秘密の畑へと向かった。

朝日を浴びる黒土に小さな穴を掘り、昨日生成したばかりの種イモを、祈るようにそっと埋める。


「頼む……育ってくれ」


土を被せ、最後に両手をかざして、残っていたありったけの魔力を『植物育成』の力として注ぎ込んだ。

これで、やれることはすべてやった。


朝日に照らされた小さな畑を前に、アークは固唾を飲んでその変化を見守る。

すぐに芽が出るわけではない。わかっている。

けれど、この土の下で、今、確かに新しい生命が息づき始めたのだ。


それは、この貧しい辺境の未来を、そして愛する家族の食卓を、根本から変えることになる、あまりにも小さく、しかしあまりにも偉大な希望の種だった。


***


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