第236話:星への旅立ちと、深淵の鼓動
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静かなる飛翔
陽だまりの街の、全ての祈りをその翼に乗せ、『浮遊馬車・シルフィード二世号』は、静かに、しかし力強く、蒼穹へと昇っていった。
眼下に広がる、愛しい我が家。仲間たちが懸命に築き上げた、地上の陽だまり。その光景が、雲海の中に消えていくのを、一行は、それぞれの想いを胸に、静かに見送っていた。
馬車の中は、かつてハーピー族の元へ向かった時のような、浮かれた高揚感はなかった。
そこにあるのは、星の運命そのものに触れようとする者たちだけが持つ、張り詰めた、しかし、どこまでも澄み切った覚悟の静寂だった。
アルフォンスは、ダグが魂を込めて打ち直した、虹色に輝く『盟主の戦斧』の、その冷たい柄の感触を確かめていた。
(……今度の相手は、剣も、斧も、通用しねぇかもしれねぇ。だが、それでも俺は立つ。アークが、その奇跡を成し遂げるまでの、最後の『盾』として)
その隣で、ミカエラは、静かに目を閉じ、聖なる祈りを捧げている。彼女の祈りは、もはや教会の神々へではなく、この星そのものと、アークが成そうとする『調和』へと向けられていた。
ローランは、真新しい『ライナス和紙』の束を広げ、この歴史的な旅路の、最初の言葉を、震える手で書き記し始めている。
アズライトとエコーは、窓の外を流れるマナの奔流を、観測装置越しに、食い入るように見つめていた。
『……マナノ流レガ、歪ンデイル。全テガ、アノ場所ヘト、吸イ込マレテイクセミカ』
「ええ。まるで、巨大な滝壺だ。これほどのエネルギー収束点、賢塔の記録にもない……」
アークは、グンナルが仕立ててくれた、美しい白銀の『星屑のローブ』に身を包み、その手に『共鳴の竪琴』を抱いていた。
その膝の上で、ウルが、いつもとは違う主の緊張を感じ取ったのか、不安げに「きゅぅん」と鼻を鳴らした。
「大丈夫だよ、ウル」
アークは、愛しい相棒の頭を優しく撫でた。
「怖くない。ただ、この星が、僕らに『話がしたい』って、呼んでるだけだから」
その言葉に、ウルは、主の決意を悟ると、静かに、しかし力強く頷き返し、その小さな体を主人の胸にぴったりと寄せた。
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異変の森
数時間後。『シルフィード二世号』は、目的地である『古代遺跡』の上空へと到達した。
「……なんだ、これは」
最初に、その異変を口にしたのは、斥候のカエルだった。
眼下に広がる光景は、彼らが知る森ではなかった。
『共生の庭』で、あれほど豊かに芽吹いていたはずの植物たちが、まるで成長を止められたかのように、静止している。いや、違う。アークが創り出した『陽だまりの熱量』が、この一帯を覆う、より強大で、冷たい『理』によって、無理やり押さえつけられているのだ。
森全体が、巨大な琥珀の中に閉じ込められたかのように、不自然な静寂に包まれていた。
「……アーク様!」
リオンが、遺跡の中心を指差した。
アークたちが『種』を調律し、虹色の光の揺り籠に包んだ、あの聖域。
その揺り籠から、抑えきれないほどのエネルギーが、赤い稲妻となって迸り、空へと向かって、不規則なパルスを放っていた。
そして、そのパルスに呼応するかのように、遺跡の、さらに深部。アークたちが『星の心臓』と呼んだ地点から、地鳴りのような、重い、重い**『鼓動』**が、大地を伝って、馬車の船体まで響いてきていた。
**ドクン…………ドクン…………**
『警告!』エコーの、切迫した思念が響く。『『種』ノ、封印ガ弱マッテイル!『星ノ心臓』ノ鼓動ガ、『種』ノ覚醒ヲ、無理ヤリ促シテイル!』
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最後の扉
馬車が、遺跡の入り口に、緊急着陸する。
一行が飛び出すと、あの、温厚だったはずの星屑の民たちが、その蒼い複眼を、警戒を示す赤い光に変え、一行の前に立ちはだかった。
『……立チ入ルナ、人ノ子ヨ!今、コノ奥ハ、不安定……!我ラガ『庭師』デスラ、制御不能ノ領域……!』
「どいてくれ、ウォッチャー!」
アークは、その制止を振り切り、叫んだ。
「だから、来たんだ!このままじゃ、君たちの『種』も、この星も、共鳴の果てに、崩壊してしまう!僕に、この星の『心臓』と、話をさせてくれ!」
その、創造主としての、あまりにも真っ直ぐな魂の叫び。
ウォッチャーは、しばし、その赤い光を明滅させたが、やがて、その機械の体を、ゆっくりと横にずらし、道を開けた。
『……信ジヨウ。汝ラノ、『陽ダマリ』トイウ理ヲ』
一行は、遺跡の、あの『星見の間』へと、再び足を踏み入れた。
だが、そこは、もはや静かな観測室ではなかった。
壁面の星図は、不吉な赤い光を放って明滅し、中央の観測装置は、地底からの強大なエネルギーの奔流を受けて、激しく振動している。
そして、その奥。アークたちが、前回は近づくことすらかなわなかった、星の心臓へと続く、最後の『扉』。
それは、もはや扉ではなかった。
空間そのものが、地脈のエネルギーによって歪み、赤黒い、嵐が渦巻く、**『深淵への裂け目』**と化していた。
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創造主の決意
その裂け目から、星の、制御不能な『怒り』と『苦しみ』の波動が、一行の魂を、容赦なく叩きつけた。
「ぐっ……!」
アルフォンスが、膝をつきそうになるのを、ミカエラが、聖なる結界で、かろうじて支える。
アークは、その嵐の中心を見据えた。
彼は、背中に背負っていた『共鳴の竪琴』を、静かに構えた。
「兄さん、みんな。ここから先は、僕と、ウルだけの戦いだ」
「……アーク?」
「この嵐は、力じゃ鎮められない。僕の、全ての魂を懸けて、『調律』するしかないんだ。だから、兄さんたちは、僕が戻ってくるまで、この扉の『外』で、この星の『今』を守っていてほしい」
その、あまりにも酷な、創造主の孤独な戦いの宣言に、
アルフォンスは、弟の肩を、その拳が白くなるほど強く握りしめた。
「……馬鹿野郎。二人で一つだって、誓っただろうが」
彼は、弟の目を、真っ直ぐに見据え返した。
「お前が『創造』するなら、俺は、そのお前を『守護』する。嵐の中だろうが、地獄の底だろうが、関係ねぇ。俺は、お前の背中を、絶対に守る。……行け、アーク。お前の、最後の『設計』を、俺たちに見せてくれ」
「……ありがとう、兄さん」
アークは、最高の笑顔で応えると、その小さな相棒ウルと共に、星の心臓が待つ、その、深淵の嵐の中へと、最後の一歩を、踏み出した。
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