第233話:浮遊農園と、空の種蒔き
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新たなる課題
『大地の根』計画は、ダグ、グンナル、ガンテツ、エコーという四人の巨匠たちの情熱的な融合により、驚くべき速度で進んでいた。地底深くに、陽だまりの街の新たな『心臓部』となる巨大な工房と、エネルギー炉(ゴルン族の地熱を利用)の基礎が、着々と築かれていく。
だが、その日の『盟約の館』の円卓は、次なる、しかし、より根本的な問題に直面していた。
「……家と工房は、地下に創れる。だが、食料はどうする?」
盟主アルフォンスが、重い口調で切り出した。
「街への移住者は増え続け、今の畑だけでは、いずれ限界が来る。だが、この谷は、これ以上横には広がらない」
その、あまりにも現実的な壁。南方のカエランも、農夫として頷くしかなかった。
「ええ。陽だまりの街は、山々に囲まれている。平地は少なく、日照時間も限られている。これ以上の増産は……」
その、重い沈黙を破ったのは、アークの、穏やかで、しかし、確信に満ちた声だった。
「――だったら、大地にないものを、空に創ればいい」
彼は、仲間たちを見回し、あの『三次元の設計図』の、第二段階を指し示した。
「『天空の葉』計画。この谷の上空、誰よりも太陽に近い場所に、僕らの、新しい畑を創るんだ」
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空飛ぶ土の設計
「空に、畑を、ですか……?」
若き学長フィンが、目を丸くする。
「浮遊馬車のように、土を浮かべるというのですか? しかし、それだけの質量の土を支えるには、星屑バッテリーがいくつあっても足りませんぞ!」
賢塔のアズライトの、最もな指摘。
「だから、土そのものを、新しく創るんだよ」
アークの、創造主の瞳が輝いた。
「僕が創るのは、**『浮遊土』**」
彼は、工房に集めた、三つの素材を指し示した。
一つは、地底のガンテツが、アークの魔法で鎮めた古代機械の残骸から採掘した、驚くほど軽く、無数の気泡を持つ**『古代の軽石』**。
一つは、セーラの厨房や街から出る生ゴミを、聖浄樹の力で発酵させた、栄養価満点の**『陽だまりの腐葉土』**。
そして、それらを繋ぎ止め、保水する、アーク自身の**『木魔法の繊維』**。
「石で骨格を創り、腐葉土で肉を与え、僕の魔法で命を吹き込む。これなら、エコーの反重力リフトでも、最小限のエネルギーで、巨大な『畑の島』を浮かべ続けられるはずだ」
その、あまりにも異質で、あまりにも合理的な「土づくり」の設計図。アズライトも、ダグも、グンナルも、ただ、その天才的な発想に、感嘆の声を漏らすしかなかった。
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空の民の困惑
数日後。
陽だまりの街の上空、数百メートルの位置に、直径50メートルはあろうかという、巨大な『浮遊土』の島々が、エコーたちの手によって、静かに浮かべられた。
その、最初の種蒔きのために、盟友であるハーピー族の族長フィアが、空の民たちを連れて、舞い降りてきた。
だが、彼女たちは、その、平らに均された、ただの「土の島」を見て、困惑に、その美しい眉をひそめた。
「……アークよ。これは、確かに土だ。だが、これでは、我らの知る『畑』ではない」
フィアは、故郷の断崖絶壁を指差した。
「我ら空の民の作物は、厳しい風雨に耐え、岩の隙間に根を張る。こんな、無防備で、平らな場所では、種を蒔いたそばから、全て、風に吹き飛ばされてしまうぞ」
「それに……」一人の若いハーピーが、居心地悪そうに呟いた。「ここは、平らすぎて、落ち着かない。羽を休める、一本の枝も、隠れる岩陰もないなんて……」
アルフォンスは、その言葉に、ハッとした。(そうか。**彼女ら**にとって、平地は、地上という『危険』に身を晒す、恐怖の場所なんだ…!)
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空の庭師
「……ごめんよ、フィアさん。僕の設計図は、まだ、半分だけだったみたいだ」
アークは、苦笑すると、その浮遊土の島の中央に、静かに立った。
「兄さん、エコー、手伝って。この島に、『魂』を吹き込むよ」
アークは、島の大地に、深く、その両手を置いた。
「**『植物成形(大)・天空の庭園』**!」
アークの魔力が、島全体へと脈打つ。
すると、平らだったはずの大地が、まるで生き物のように、隆起し、うねり始めた。
ある場所は、風をいなすための、滑らかな『丘』となり、その風下には、作物を守る『窪地』が生まれる。
ある場所からは、『鉄鋼樹』が、ハーピーたちが羽を休めるのに最適な、強靭な『止まり木』として、天へと伸びていく。
アークは、平らな畑を創ったのではない。ハーピー族の知恵(風の理)と、陽だまりの技術(木魔法)を融合させた、空の民のための、**立体的な『空飛ぶ森』**そのものを、創造したのだ。
「……なんと」
フィアは、その、あまりにも美しく、あまりにも自分たちの生態に寄り添った奇跡の光景に、言葉を失った。
「さあ、フィアさん。ここが、君たちの、新しい故郷だ。君たちが持ってきた、空の種を、蒔いておくれ」
若いハーピーたちが、歓声を上げながら、生まれ故郷の空を飛ぶかのように、生き生きと、その立体的な森の中を飛び回り、自らの手で、高山植物の種を蒔いていく。
その光景を、アークは、兄と共に、『シルフィード二世号』の上から、満足げに見守っていた。
「へっ、とんでもねぇ景色だな。空に、森が浮いてやがる」
「うん。これで、僕らの街は、大地と、地底と、そして空の全てと、繋がったね」
アークの膝の上で、ウルが、初めて体験する「空の上の森」の、柔らかな苔の感触に、夢中になっていた。彼は、まるで「ここは、僕の新しいお昼寝場所に決定!」とでも言うかのように、一番、陽当たりの良い苔の上で、幸せそうに「くぅぅん」と喉を鳴らし、丸くなった。
その、聖なる獣が与えた、最高のお墨付き。
陽だまりの街の『立体都市化計画』は、今、その全ての歯車が、完璧に噛み合ったのだった。
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