第228話:地底の迷宮と、震える大地
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大地の喉笛
「――気をつけてな! この先は、鳥の目も届かない『星の底』だ!」
上空から、ハーピー族の長フィアが大きく手を振る。
アークたちを乗せた『浮遊馬車・シルフィード二世号』は、彼女たちに見送られながら、巨大な大地の亀裂――通称『大地の喉笛』へと、ゆっくりと降下を始めていた。
「へへっ、鳥の次はモグラか。忙しいこった」
カエルが軽口を叩きながらも、油断なく周囲を警戒する。
降下するにつれ、周囲は急速に暗くなり、ひんやりと湿った空気が肌を撫でるようになった。
『……深度、上昇。気圧、安定。……暗視モード、起動』
エコーが操作パネルに手をかざすと、馬車の前方に強力な魔導ライトが点灯した。
その光が闇を切り裂いた瞬間、アークは思わず窓にへばりついた。
「うわぁ……!」
ライトが照らし出したのは、ただの無機質な岩肌ではなかった。
巨大な空洞の壁一面にびっしりと生えた発光する苔やキノコが、青や紫、エメラルドグリーンの淡い光を放ち、まるで地底に広がる天の川のようにどこまでも続いていたのだ。
「きゅいっ! きゅいーっ!」
ウルも窓ガラスに前足をつけ、流れる光の帯を目で追いかけながら興奮気味に尻尾を振っている。暗闇を怖がるかと思いきや、どうやらこの幻想的な光景がお気に召したようだ。
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揺れる世界
「……綺麗だが、どこか不気味だな」
アルフォンスが、低い声で呟いた。その直感は正しかった。
**ズズズズズ……ッ!**
腹の底に響くような重低音と共に、周囲の空間が激しく振動した。
「地震か!?」
『……警告。地殻変動、検知。前方、大規模ナ崩落ガ、発生シマス』
エコーの警告と同時に、前方の通路から土煙が噴き出してきた。
「つかまって!」
馬車が大きく揺れ、アークは慌ててウルを抱きしめる。
振動が収まった後、アークたちは馬車を降りて様子を見に行った。
そこは巨大な空洞になっており、その天井の一部が崩落して、進むべき道を完全に塞いでいた。
そして、その瓦礫の下から、苦しげなうめき声が聞こえてきたのだ。
「……誰かいる! 兄さん!」
「ああ、急ぐぞ!」
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岩の民の危機
駆けつけた先には、岩のようなゴツゴツした肌を持つ、背の低いずんぐりとした亜人たちがいた。
彼らは、崩れ落ちてきた巨大な岩盤を、太い腕と背中で必死に支えていた。その下には、逃げ遅れた子供のような姿が見える。
「ぐぬぬぬ……! も、もう持たんぞ……!」
リーダー格の男が、歯を食いしばり、血の滲むような声で叫ぶ。全身の筋肉が悲鳴を上げ、膝が震えている。限界は近かった。
「加勢する!」
アルフォンスが駆け出し、その怪力で岩盤の下に潜り込み、肩を入れる。
「ぐっ……! なんて重さだ……!」
英雄の力をもってしても、地盤そのものの崩壊を支えるのは困難だった。ミシミシと嫌な音が響く。
「僕がやる! 大地よ、支えて!」
アークが地面に両手を叩きつける。イメージするのは、大地を縫い留める強靭な楔。
「**『植物成形(中)・根の擁壁』**!」
魔力が緑の奔流となって岩盤の隙間へと走り、そこから無数の太い木の根が、爆発的な勢いで飛び出した。
根は、崩れかけた天井を縫い合わせるように広がり、瞬く間に天然の「支柱」となって岩盤を固定した。
**ズンッ**、と重い音がして、崩落が完全に止まる。
「……た、助かった……のか?」
岩の民たちは、呆然と天井を見上げた。そこには、見たこともない植物の根が、網の目のように広がり、彼らの命を繋ぎ止めていた。
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地底の晩餐会
「わしらは『ゴルン族』。この地底で鉱石を喰らい、生きておる」
助けられたリーダーの男、ガンテツが、深々と頭を下げた。
彼らの集落は、この崩落現場のすぐ先にあった。石をくり抜いて作られた頑丈な家々が並び、中央には地熱を利用した暖炉がある。
「感謝する、地上の客人よ。お前さんたちがいなければ、わしらの仲間はペシャンコだった」
ガンテツは、アークたちのためにささやかな宴を開いてくれた。
出てきたのは、見た目はグロテスクだが香ばしい匂いを放つ『地底茸のステーキ』や、ミネラル豊富な『岩清水のスープ』。
「……うまい!」
恐る恐る口にしたアルフォンスが目を見開く。見た目に反して、濃厚な旨味が凝縮されていた。
アークも、ウルと一緒にスープを啜り、ほっと息をつく。ウルは口の周りをスープで濡らしながら「きゅふぅ」と満足げだ。
だが、ガンテツの表情は曇っていた。
「……最近、この揺れが止まらんのだ」
彼は、重い口調で語り始めた。
「『地脈』が怒っておる。わしらの守り神である『大地の心臓』が、何者かに穢されているのかもしれん……」
「穢されている……?」
アークとエコーが顔を見合わせる。
もしかすると、それがアークたちの探している「過去の真実」、あるいは星屑の民が懸念していた「星の異変」と関係しているのかもしれない。
「ガンテツさん。僕らに、その場所を見せてもらえませんか? 何とかできるかもしれません」
アークの申し出に、ガンテツは驚き、そして力強く頷いた。
「恩人の頼みだ。案内しよう。だが、覚悟してくれ。そこは、灼熱の溶岩が流れる、地獄の一丁目だ」
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