第226話:浮遊馬車の初飛行と、空飛ぶお弁当
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白亜の翼
陽だまりの街の広場に、一隻の――そう呼ぶのがふさわしいだろう――奇妙で美しい乗り物が鎮座していた。
基本は愛着のある木造の荷馬車だが、車輪の代わりに『星屑鋼』でできた流線型のソリのようなパーツが取り付けられている。そして屋根には、風を受けて回転する風車のような安定翼。
アークと職人たちが総力を挙げて完成させた、**『浮遊馬車・シルフィード二世号』**だ。
「へっ、どうだ! 空を飛ぶなら、鳥みたいに軽く、風みたいに強くなくちゃな!」
ダグが、磨き上げられたボディをバンバンと叩く。
「動力機関の出力は安定しています。星屑バッテリーの共鳴率、120%。……理論上、完璧です」
アズライトが、興奮と緊張で震える手で最終チェックリストにサインをする。
「よし、乗り込もう!」
アークの号令で、今回の「空の探検隊」が乗り込む。
アーク、アルフォンス、斥候のカエル、そして操縦補佐として星屑の民のエコー。
もちろん、相棒のウルも一番乗りで飛び乗り、窓際の一等席を確保して「きゅいっ!(はやくはやく!)」と尻尾を振って急かしている。
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テイクオフ!
「兄さん、顔色が悪いよ?」
「……う、うるせぇ。武者震いだ」
アルフォンスは、手すりをミシミシと音が出るほど強く握りしめていた。実は彼、高い所があまり得意ではないのだ。
『……反重力リフト、起動。出力、上昇』
エコーの冷静なアナウンスと共に、お腹の底がフワリとする浮遊感が襲う。
**ヴィィィン……**
静かな駆動音と共に、馬車がふわりと地面を離れた。
見送りに来たリーリエやフィン、職人たちが、どんどん小さくなっていく。
「うわぁ……!」
アークが窓に張り付く。
眼下には、聖浄樹の豊かな緑に包まれた陽だまりの街が、まるで精巧なジオラマのように広がっていた。
工房の煙突から昇る煙、陽光を反射して煌めく水路、広場の賑わい。自分たちが創り上げてきた「世界」が、一望できる。
「見て、兄さん! 僕らの街だよ!」
「……おお、すげぇな(頼むから揺らさないでくれ)」
アルフォンスは引きつった笑顔で外を見たが、その絶景には、恐怖を一瞬忘れて息を呑んだ。
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空飛ぶお弁当
高度が上がり、周囲が雲に包まれ始めると、気温が急激に下がった。吐く息が白い。
「さむっ……! さすがに空の上は冷えるな」
カエルがマントを羽織り直す。
「ふふ、そんな時こそ、これの出番だよ」
アークが取り出したのは、セーラが持たせてくれた大きなバスケットだ。中には、木箱に入ったお弁当が並んでいる。
「これはね、『加熱式お弁当箱』なんだ」
アークが箱の側面にある紐を引くと、**シュウウウ……**という音と共に、箱全体が温まり始めた。
これは、星屑バッテリーの余剰エネルギーを利用し、底に仕込んだ魔石を一瞬で加熱する仕組みだ。
「すげぇ! 火を使わずに温められるのか!」
蓋を開けると、湯気と共に食欲をそそる香りが狭い車内に充満した。
トロトロに煮込まれたビーフシチュー、焼きたてのパン、そしてホクホクのアークイモのグラタン。
「いっただきまーす!」
冷たい空の上で食べる、熱々のシチュー。
その味は、どんな高級料理よりも贅沢で、凍えた体の芯までじんわりと染み渡った。
ウルも、アークにフーフーしてもらったお肉を「はふはふ」と言いながら頬張り、口の周りにソースをつけながら幸せそうに目を細めている。
その温かさと美味しさに、アルフォンスの顔色もようやく戻ってきたようだった。
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天空の止まり木へ
食事を終え、一息ついた頃。
前方の雲が晴れ、荒々しい岩肌が姿を現した。
『……目的地、接近。気流、乱レマス。注意セヨ』
エコーの警告通り、馬車がガタガタと揺れ始める。
「見ろ! あそこだ!」
カエルが指差す先。
切り立った断崖絶壁の頂上付近に、岩をくり抜いて作られた巨大な巣のような集落が見えた。
**『天空の止まり木』**だ。
だが、そこへ近づこうとした瞬間。
**ヒュオオオオッ!**
鋭い風切り音と共に、雲の中から数え切れないほどの「翼」が飛び出してきた。
背中に大きな翼を持ち、鋭い鉤爪を構えた『空の民』たちだ。彼女たちは強烈な警戒心を露わにし、浮遊馬車を取り囲むように旋回を始めた。
「……どうやら、歓迎はされていないみたいだな」
アルフォンスが、瞬時に斧の柄に手をかけ、守護者の目になる。
「待って、兄さん」
アークは、窓を開け、冷たい風を顔に受けながら身を乗り出した。
そして、殺気立つハーピーたちに向かって、敵意がないことを示すように、大きく手を振った。
「こんにちはー! 美味しいお弁当、一緒に食べませんかー!!」
その、あまりにも場違いで、陽気な挨拶に。
攻撃態勢に入っていたハーピーたちの動きが、ピタリと止まった。空腹の彼女たちの鼻に、風に乗ってシチューの匂いが届いたからかもしれない。
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