第221話:虚無の白と、生命の防衛線
#### 迫りくる静寂の軍勢
聖域騎士団が南方の森に到着した時、そこには既に、この世のものとは思えない絶望的な光景が広がっていた。
かつて豊かな緑を誇っていた森が、音もなく、無残な白亜の砂漠へと変貌していたのだ。色彩が死に絶えた世界。そこには、風の音さえも吸い込まれるような、不気味な静寂が満ちていた。
「……退けッ!触れるな!」
先頭を切って撤退してくるリオンの絶叫が響く。彼とカエルの背後から、白い大地を滑るように、無数の異形――『喰らうもの(イーター)』が迫っていた。
それらには、敵意や殺意といった感情の波長が一切ない。ただ、機械的に、触れるもの全ての「存在」を分解し、虚無へと還元していく。その無機質な進行こそが、何よりも恐ろしかった。
「――『聖域結界』!」
ミカエラが即座に杖を掲げ、撤退する仲間たちを守るべく、最強の防御結界を展開する。黄金の光の壁が、白い津波の前に立ちはだかった。
だが、次の瞬間。
ジュッ、という、熱した鉄板に水を垂らしたような微かな音と共に、絶対防御を誇るはずの聖なる光が、あっけなく白濁し、霧散した。
「……嘘でしょう!?聖なる加護そのものを、分解したというのですか!?」
聖女の悲痛な声が、事態の深刻さを決定づけた。物理も、魔力も、聖なる力さえも通じない。この世界のいかなる「理」も、彼らの前では無力だった。
#### 砕け散る最強の盾
「……理屈なんざ、知ったことかよッ!」
絶望が騎士団を包みかけたその時、アルフォンスが咆哮と共に飛び出した。
「この後ろには、俺たちの街がある!家族がいる!一歩たりとも、通すわけにはいかねぇんだよ!」
彼は、ダグとグンナル、そしてエルフの技術を結集した最強の盾『陽だまりの心臓』を構え、白い奔流の真正面に立ちはだかった。
ドォン!
先頭のイーターが、盾に激突する。だが、いつものような重い衝撃はなかった。
代わりに、盾の表面に刻まれたエルフのルーン文字が悲鳴を上げ、鋼鉄よりも硬いはずの星屑鋼が、急速に白く変色し、ボロボロと砂になって崩れ落ち始めたのだ。
「なっ……!?俺の、盾が……!」
「兄さん、離れて!」
アークの叫びが響く。間一髪、アルフォンスがバックステップで躱した直後、最強の盾は、持ち手だけを残して完全に消滅していた。
「……馬鹿な。ダグたちの最高傑作が、たった一撃で……」
アルフォンスの愕然とした呟きが、騎士たちの動揺を誘う。
#### 対消滅の賭け
「……やっぱり、あれは『エントロピーの化身』だ」
アークが、戦慄と共に呟いた。彼の創造主の瞳が、敵の正体を看破していた。
「彼らは、全ての『秩序』を、無秩序なエネルギーへと強制的に還元してしまう。だから、どんなに硬い盾も、強力な結界も、彼らにとってはただの『餌』でしかないんだ」
『……ソウダ……ヤツラハ、宇宙ノ掃除屋……星ノ輝キヲ喰ライ、全テヲ、無ニ帰ス……』
エコーの絶望的な思念が響く。
だが、アークの瞳から、光は消えていなかった。
「……なら、僕がやることは一つだ」
彼は、静かに、しかし力強く、両手を大地についた。
「還元される速度を上回る速度で、新たな秩序を、この場所に生み出し続ける!」
アークの全身から、これまで見たこともないほどの、濃密で、眩い緑色の光が溢れ出した。それは、彼の生命力そのものを魔力に変換した、決死の輝きだった。
「**『創世の再設計・無限連鎖』**!」
#### 拮抗する力
光が大地を走る。
次の瞬間、白く死んでいた大地から、爆発的な勢いで、無数の植物が芽吹いた。それらは瞬く間に巨木へと成長し、緑の防壁となってイーターたちの前に立ちはだかる。
イーターが触れ、木々が白く分解される。だが、その分解されたエネルギーを即座に吸収し、さらに新しい芽が、次々と、無限に生え続ける。
分解と創造。死と生。二つの相反する力が、凄まじい速度で衝突し、火花なき対消滅を繰り返す。
白い津波が、初めて、その進行を止めた。
「ぐぅぅ……ッ!」
アークの口端から、一筋の血が流れる。
「アーク様!」ミカエラが駆け寄り、回復魔法をかけ続けるが、消耗の速度が早すぎる。彼の髪の色が、再び、あの雪のような白さへと戻り始めていた。
『アーク!無理ダ!コノママデハ、君ノ命ガ……!』
「……退かないよ」
アークは、ガクガクと震える膝を必死に支え、血を吐き捨てるように言った。その瞳は、燃えていた。
「ここで僕が退いたら、この白い絶望が、僕の大切な人たちを飲み込んでしまう。そんな未来は……僕が、書き換える!」
#### 絶望の女王
創造主の意地が、辛うじて戦線を維持していた、その時だった。
白い群れが、突然、左右に割れた。
その奥から、地響きと共に、ひときわ巨大な影が姿を現した。
それは、他の個体とは比較にならない、城壁ほどもある巨体を持つ統率個体――**『女王』**。
女王が、ゆっくりと、その顔のない頭部を持ち上げる。そこに開いた、底なしの虚無のような巨大な「口」が、アークの創り出した緑の防壁を、根こそぎ飲み込まんとしていた。
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