第220話:白き森と、星を喰らうもの
#### 静寂の境界線
リオンとカエルがたどり着いた南方の森の異変地点は、異様な光景だった。
そこには、定規で引いたような明確な「境界線」が存在していた。一歩手前までは、いつもの生命力に満ちた緑の森。だが、一歩先は、まるで世界そのものが『死』に塗り替えられたかのような、色彩が完全に失われた白亜の世界が広がっていた。
木々も、下草も、土すらも、全てが真っ白に脱色され、乾ききっている。風が吹くと、サラサラと白い粉になって崩れ落ちていく。
「……ひどいな。生命を吸われた、なんて生易しいもんじゃねぇ」
カエルが、足元の白い砂を掬い上げて呟く。「『存在』そのものを、食いつくされてやがる」
リオンは、千年の時を生きたエルフの鋭敏な感覚で、周囲を警戒していた。
「鳥の声も、虫の音もない。ここにあるのは、完全なる『死』だ。……そして、その死が、今もゆっくりと広がっている」
彼が見つめる先で、一本の緑の巨木が、根元から急速に白く変色し、音もなく崩れ落ちた。
#### 古き天敵
その映像は、リオンが持つ通信用の魔道具を通じて、『盟約の館』の円卓中央に投影されていた。
息を呑むアルフォンスたちの中で、ただ一人、激しい反応を示した者がいた。
『――!!』
星屑の民、エコーだ。常に穏やかな黄金色を保っていた彼のコアが、まるで悲鳴を上げるかのように見たこともないどす黒い紫色に激しく明滅し、全身をガタガタと震わせ始めたのだ。それは、感情を持たないはずの彼らが示す、原初的な『恐怖』の反応だった。
「エコー!どうしたんだ!」
アークが駆け寄る。エコーは、震える指で投影された白い森を指差した。
『……ヤツラダ……!我々ノ故郷ヲ……星ヲ、喰ライ尽クシタ……古キ、天敵……!』
アズライトが、顔色を変えて叫ぶ。「まさか、昨夜の深宇宙からのノイズは……!」
『……警告ダッタノダ。「ヤツラガ来ル」「逃ゲロ」ト……!』
戦慄が、円卓を支配した。彼らが直面しているのは、一国の軍勢などではない。かつて一つの星を滅ぼした、宇宙規模の厄災そのものだったのだ。
#### 虚空からの尖兵
その時、通信機からカエルの鋭い警告音が響いた。
『ッ!何か来る!地中からだ!』
映像の中で、白い大地が盛り上がり、数体の異形の存在が姿を現した。
それは、生物ではなかった。白磁のような滑らかな外殻を持ち、関節のない滑らかな肢体で動く、無機質な多脚型の『何か』。顔に当たる部分には目も口もなく、ただ、底なしの虚無のような黒い穴が開いているだけだった。
『――!!』
映像越しでも伝わる、圧倒的な「飢え」の気配。
それらが、生きているリオンたちを感知し、一斉に向きを変えた。
「くっ、迎撃する!」
リオンが矢を放つ。エルフの魔力が込められた必殺の矢は、先頭の一体に直撃した――はずだった。
だが、矢は外殻に触れた瞬間、ジュッという音と共に白く変色し、砂となって霧散した。
「……なっ!?魔力を、分解しただと!?いや、存在そのものを……」
カエルがクナイを投げるが、それも同様に、触れることすらできずに朽ち果てる。
『逃ゲテ!ソレニ触レテハナラナイ!』エコーの悲鳴のような思念が響く。『アレハ「喰らうもの(イーター)」!触レル全テノエネルギーヲ、虚無ヘト還元スル!』
#### 創造主の決断
物理攻撃も、魔法攻撃も通じない、絶対的な捕食者。
映像の向こうで、リオンとカエルが防戦一方に追い込まれていく。
「……兄さん!」
アークが、アルフォンスを見る。その瞳には、恐怖ではなく、仲間を救うための強い光が宿っていた。
「彼らを救えるのは、僕だけかもしれない。あの『全てを無にする力』……僕の『生み出す力』なら、あるいは相殺できるかもしれない!」
「馬鹿野郎!お前をそんな危険な場所に!」
「でも、行かなきゃ、二人が死んでしまう!それに……」
アークは、震えるエコーの肩に、そっと手を置いた。
「彼らの故郷を奪った悲劇を、この星で繰り返させるわけにはいかない。僕らの『陽だまり』は、絶対に、あんな白い砂漠になんかさせない!」
創造主の覚悟が、場の空気を変えた。
アルフォンスは、ギリッと奥歯を噛み締め、そして吠えた。
「……くそっ、わかった!だが、お前一人では行かせん!聖域騎士団、総員出撃!俺たちの全力をもって、あのふざけた『白い絶望』を叩き潰す!」
陽だまりの街に、最大の危機を告げる警鐘が鳴り響いた。
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