第219話:星からの返信と、深宇宙のノイズ
#### 星見の夜の日常
『星詠みの塔』が完成してから、陽だまりの街には新たな夜の風景が生まれていた。
日が沈み、人間やエルフたちが家路につく頃、仕事を終えた星屑の民たちが、三々五々『星見の丘』へと集まってくる。彼らは塔を取り囲むように静かに佇み、夜空を見上げては、それぞれのコアを穏やかに明滅させていた。それは、遠い故郷への祈りであり、まだ見ぬ同胞からの返事を待つ、静かな時間だった。
「……今日も、彼らは塔のそばにいるのか」
夜警の巡回中、アルフォンスが丘を見上げて呟く。
「ええ。でも、以前のような寂しさは感じられません」隣を歩くミカエラが優しく微笑む。「彼らにとって、あの塔は『希望』そのものなのです。待つことができる幸せを、彼らは噛み締めているのでしょう」
アークもまた、研究の合間に窓からその光景を見守るのが日課となっていた。
(届くといいな。彼らが、もう一人ぼっちじゃないってこと)
膝の上のウルが、同意するように「きゅぅ」と鳴く。彼もまた、星屑の民たちの想いに寄り添っていた。
#### 接触の瞬間
そして、その夜は唐突に訪れた。
真夜中。アークが書斎でウトウトしていた時、ウルが突然跳ね起き、窓の外に向かって鋭く吠えた。
「……ウル? どうしたの?」
目を擦りながら窓の外を見たアークは、息を呑んだ。
街の一角、『星見の丘』が、まるで真昼のように輝いていたのだ。『星詠みの塔』の頂上にある巨大水晶が、これまでにない強烈な光のパルスを、夜空に向かって、いや、夜空から受け取るように、激しく明滅させていた。
同時に、書斎の机に置いてあった『共鳴の竪琴』が、誰の手も触れていないのに、ひとりでに共鳴を始める。
**キィィィン……ゴォォォン……!**
それは、彼らが送った歌声とは違う。もっと複雑で、もっと切迫した、未知の旋律だった。
「アーク!今の光は!」
アルフォンスが部屋に飛び込んでくる。
「兄さん!塔が……宇宙からの『何か』を受け取ったんだ!」
#### 解析不能なメッセージ
翌朝、『盟約の館』の円卓には、かつてない緊張感が漂っていた。
緊急招集された評議会のメンバーたちの前で、徹夜で解析にあたったアズライトと、星屑の民の代表エコーが報告を行う。
「……間違いありません。昨夜、我々の塔は、遥か彼方の深宇宙――特定不能な座標から、指向性を持った強力な魔力波を受信しました」
アズライトの声は、興奮と、それ以上の困惑に震えていた。
「ですが……その内容が……」
エコーが、沈痛な面持ちで、明滅するコアの光を弱めた。
『……解析、不能。コレハ、我々ノ知ル同胞ノ通信トハ、全ク異ナル形式。言語デハナク……純粋ナ、感情ノ奔流』
水晶球に映し出された受信データは、美しい幾何学模様ではなく、激しく乱れ、ノイズ混じりの、まるで嵐のような波形を描いていた。
『……ソシテ、コノ波形ニ含マレル感情ハ……(コアが激しく、不安定に明滅する)……『喜び』デハナイ。『警告』……ソシテ、深イ『恐怖』』
「恐怖、だと……?」
アルフォンスが眉をひそめる。「彼らの同胞が、何かに怯えているというのか?」
アークは、乱れた波形をじっと見つめ、その奥にある「声なき声」に耳を澄ませた。
(……助けて、じゃない。『来るな』……? いや、『逃げろ』……? 一体、何から?)
受信されたメッセージは、再会を喜ぶものではなく、まるで嵐の中からの、必死の叫びのようだった。
#### 南の森の異変
その時、会議室の扉が荒々しく開かれた。
飛び込んできたのは、息を切らせたエルフの伝令だった。
「ほ、報告します!南方の森の境界にて、異常事態発生!」
リオンが鋭く問いかける。「何があった。落ち着いて話せ」
「は、はい!今朝未明、南の森の一部が……一夜にして、枯れ果てました!通常の枯死ではありません。まるで、生命力そのものを、何かに根こそぎ奪われたかのように、木々が真っ白に……!」
「……なんだと?」
アークの脳裏に、嫌な予感が走る。
宇宙からの『警告』のメッセージ。そして時を同じくして、地上で始まった不可解な現象。
「……カエルさん、リオン殿。すぐに現地へ。ただし、絶対に深入りはしないでください。何がいるのか、まだ分からない」
「御意!」
アークは、不安げに身を寄せるウルを抱きしめながら、窓の外、南の空を見つめた。
輝かしい陽だまりの季節に、新たな、そしてこれまでとは質の違う、冷たい影が差そうとしていた。
***
最後までお読みいただき、ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、フォローをいただけますと、執筆の励みになります。




