第216話:星屑のレシピと、陽だまりの晩餐
#### 陽だまりの日常、新しき隣人
盟主アルフォンスの英断と、職人たちの熱意によって、陽だまりの街に新たな居住区画『星見の丘』が完成してから数日。
街は、かつてない不思議で、しかし温かい光景に包まれていた。
「あッ、また浮いてる!」
街角で、子供たちが歓声を上げる。その視線の先には、ふわふわと地面から数センチ浮遊しながら移動する、白磁の体を持つ星屑の民の姿があった。彼らは、アルフォンスが定めた「良き隣人」としての盟約に従い、街の清掃や、夜間の警備(彼らは眠る必要がないのだ!)などを、自発的に手伝い始めていた。
最初は彼らの無機質な姿に戸惑っていた人々も、彼らが不器用ながらも懸命に子供の落としたボールを拾おうとしたり(力加減が分からず、少し歪んでしまったボールを、オロオロと差し出す姿もあったが)、迷子の子猫を安全な場所へ誘導したりする姿を見て、次第に温かい眼差しを向けるようになっていた。
その朝、アークは兄アルフォンスと共に、執務室の窓からその様子を眺めていた。
「……すごいな。兄さんが『剣』で守ってくれた場所で、新しい『日常』が根付き始めている」
「フン、当たり前だ。あいつらも、必死でこの街の『家族』になろうとしてるんだ。馴染めねぇはずがねぇ」
アルフォンスはぶっきらぼうに言うが、その口元は緩んでいる。彼が先日の評議会で、一部の不安がる声を「彼らもまた、我らと同じく未来を憂う『家族』だ!」と一喝し、守り抜いた成果が、今、目の前にあるのだ。
アークの足元では、ウルが窓枠に前足をかけ、通りを行き交う星屑の民たちを興味深げに見つめている。「きゅぅ?」と首を傾げるその姿は、新しい友達ともっと遊びたいと言っているようだった。
#### 悩める料理長
だが、全ての融和が順調というわけではなかった。
その日の午後、アークが訪れた領主の館の厨房は、いつもとは違う種類の熱気――というより、焦燥感に包まれていた。
「ええい、どうすりゃいいんだい!」
料理長セーラが、頭を抱えて唸っている。彼女の目の前には、手つかずで戻ってきた料理の山があった。
「アーク坊ちゃん!あたしゃ、悔しいよ。新しい仲間がせっかく増えたってのに、歓迎の宴一つ開いてやれないなんて!」
星屑の民は、有機物を摂取しない。彼らの動力源は、純粋なマナエネルギーだ。セーラが腕によりをかけた自慢のシチューも、彼らにとっては意味のない泥水に等しい。
「気持ちは嬉しいが、我々には不要だ」――『エコー』を通じた彼らの丁寧な辞退が、逆にセーラの料理人魂に火をつけてしまったようだった。
「……なるほど。そういうことか」
アークは、少し考え込むと、悪戯っぽく笑った。
「セーラさん。彼らが食べられないなら、食べられるものを『創れば』いいんですよ」
#### 星屑のレシピ
アークが向かったのは、アカデミーの研究室。そこでは、蒼の賢塔のアズライトと星屑の民の技術者たちが、新たな魔力回路の共同研究を行っていた。
「アズライト様、少し知恵をお借りしたいんです。『味』のする魔力って、作れませんか?」
「は?味のする、魔力……ですと?」
希代の天才魔術師も、その突飛な発想に目を丸くする。
アークは、懐から『太陽のリンゴ』を取り出した。
「このリンゴには、太陽の恵みという『エネルギー』と、甘酸っぱいという『情報』が詰まっています。もし、この『情報』だけを抽出して、純粋なマナエネルギーに転写できたら……」
その言葉に、反応したのは星屑の民の方だった。彼らの蒼い複眼が、興味深げに明滅する。
『……理論上、可能。我々ノ感覚器官ハ、マナノ「波長」ヲ、「味」トシテ認識スルコトガデキル』
「面白い!」アズライトが膝を打つ。「つまり、味覚を魔力波長に変換する変換式を組めば良いのですな!これは新しい魔法料理の分野だ!」
そこからは、異文化合同の『料理』実験が始まった。
セーラが様々な食材の「味の要素」を言語化し、アークがそれをイメージとして抽出、アズライトと星屑の民がそれを魔力波長へと変換していく。
「もっと甘く!そう、陽だまりのような温かい甘さだよ!」
「波長調整、出力安定。……コレハ、『蜂蜜』ノ味ニ近イ」
試行錯誤の末に完成したのは、まるで朝焼けの光をそのまま固めたかのような、淡いオレンジ色に輝く小さな結晶。だが、それを星屑の民が体内に取り込むと、彼らのコアが、幸福そうに黄金色に輝くのだ。
名付けて、**『星屑のキャンディ』**。
#### 陽だまりの晩餐会
その夜、『盟約の館』で開かれた晩餐会は、歴史上初めて、全ての種族が同じテーブルを囲むものとなった。
人間やエルフたちが、セーラの料理に舌鼓を打つ隣で、星屑の民たちが、アークが創った『星屑のキャンディ』を、大切そうに体内に取り込んでいる。
『……温カイ。コレガ、コノ星ノ「太陽」ノ味……』
エコーが、そのコアを優しく明滅させて感想を伝えると、セーラは感極まってエプロンで目元を拭った。「ちくしょう、嬉しいねぇ!やっぱり、同じ釜の飯を食ってこそ、家族ってもんだろう!」
アークは、その光景を、兄の隣で満足げに見つめていた。
「……やったね、兄さん。また一つ、壁がなくなったよ」
「ああ。全く、お前ってやつは、とんでもない調味料を隠し持ってやがる」
アルフォンスは、苦笑しながらも、弟の頭を誇らしげに撫でた。
その足元では、ウルが、自分もキャンディが欲しいとアークの膝をカリカリと引っ掻いている。「これは星屑の民専用に調整した純粋な魔力の塊だから、ウルにはちょっと刺激が強いかな?」とアークが苦笑すると、ウルは不満げに鼻を鳴らし、代わりにアルフォンスからこっそり肉のおこぼれをもらって、機嫌を直していた。
異なる体、異なる理を持つ者たちが、同じ「美味しい」という感情を共有する。
その夜の陽だまりの街は、どんな魔法よりも強い、温かな幸福の光に包まれていた。
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