第214話:星からの客人(まろうど)と、共生の工房
盟主アルフォンス・ライナスの朝は、日の出と共に始まる。書斎の机には山と積まれた羊皮紙の束が並び、彼は弟が不在(研究中)の間、この陽だまりを守り抜く決意を新たにしていた。アークが眠っていた頃の、息が詰まるような重圧とは違う。隣の部屋で弟が穏やかに呼吸し、探求に没頭している。ただそれだけの事実が、この膨大な執務すらも、未来を創るための心地よい仕事へと変えていた。
「…ローラン殿、今日の予定は?」
「はっ。午前中は、星からの使者殿を交えた、アカデミーでの合同研究会。午後は、工房にて星屑鋼加工技術のデモンストレーションが行われる予定ですな」
「よし」アルフォンスは頷いた。「俺も両方顔を出す。アークが安心して謎の探求に没頭できるよう、この交流を成功させ、陽だまりの守りを万全にすることが、俺の今の最大の仕事だ」
正午。森の監視塔に立つエルフの斥候から、角笛による到着の合図が鳴り響く。街の門前に集まった人々が固唾を飲んで見守る中、森の緑の中から、一体の星屑の民が、数体の衛兵を伴い、ゆっくりと姿を現した。その体は白磁のように滑らかで、頭部には知性を宿す大きな水晶の『瞳』が輝いていた。『ウォッチャー』のような守護者ではなく、明らかに『対話』と『知識』を司る存在だった。
「ようこそ、陽だまりの街へ」
アルフォンスは盟主として、弟から教わった敬意の礼を以て使者を迎えた。使者は、美しい金属音のような『声』で応え、自らの胸のコアに指先を触れさせる、彼らの文化における『挨拶』を返した。言葉は通じなくとも、心は確かに繋がり始めた。
一行が向かったのは『ライナス・アカデミー』。そこでは、アズライトとフィンが、アークから託された辞書の試作品と『言語可視化装置』を準備して待っていた。使者――アズライトが敬意を込めて『エコー』と名付けた存在――は、アズライトが示した初歩的な光の紋様に対し、星々が巡るかのような、あまりにも複雑で美しい光の曼荼羅を水晶球に描き出し、返答してみせた。
「……なんと!これは、言語であると同時に、宇宙の法則そのものを表す数式だ!」
アズライトは、その高度な叡智の片鱗に打ち震えた。
アカデミーでの知的な交流を終えた一行は、次に、街の創造の中心である『連合共同工房』へと向かった。アルフォンスが、弟の提案(工房兼住居の建設)を実行に移すため、ダグやグンナルたち巨匠に、使者エコーを引き合わせたのだ。
だが、その顔合わせと、最初の設計会議の場は、順風満帆とはいかなかった。
「話にならん!」
西方の鍛冶師長グンナルが、アークが描いた設計図を前に、その鋼のような腕を組んで唸った。「この基礎構造、あまりにも木に頼りすぎている!これでは、星屑鋼の重さに、数年で歪みが出るぞ!」
「へっ、だから頭が硬ぇんだよ、頑固爺!」ダグが、一歩も引かずに怒鳴り返す。「木は呼吸し、成長し、大地と共に強くなる!石で固めたら、その命が死じまうだろうが!」
「お二人とも」蒼の賢塔のアズライトが、その間に割って入る。「問題はそこではない。この、星屑鋼と魔術回路を繋ぐ接合部だ。あまりにも異質なエネルギー同士、下手に繋げば、暴走は免れん!」
異なる理を持つ職人たちの誇りが、激しく火花を散らす。
その、一触即発の空気を、能天気な声が打ち破った。
「はいはい、お昼だよ!喧嘩する前に、まずは腹ごしらえさね!」
料理長セーラが、湯気の立つ巨大な寸胴鍋を乗せた荷車を押して、現れたのだ。
「さあさあ、星のお客人も、遠慮しないで、たっぷりお食べ!」
セーラは、この街の流儀とばかりに、アークイモと聖浄樹の蜂蜜で煮込んだ特製のシチューを、『エコー』の前に、どん、と差し出した。
エコーは、その、湯気を立てる未知の物体を、その蒼い複眼で、ただ静かに分析している。
『……理解不能。有機化合物ノ集合体。エネルギー効率、極メテ低イ。栄養素ハ、我ラガ培養液ノ方が、万倍合理的デアル』
「あー、もう、ごちゃごちゃ言ってないで、いいから食え!」
セーラが、スプーンを半ば強引に、エコーの顔元へと運ぶ。エコーは、戸惑いながらも、その『熱量』を、自らのコアへと吸収した。
その、瞬間。
エコーの、蒼く冷徹だった複眼の光が、まるで回路がショートしたかのように、激しく明滅した。そして、その胸のコアが、これまで誰も見たことのない、温かい、陽だまりの黄金色の光を、ふわり、と放ったのだ。
(……ナンダ、コレハ……?エネルギーデハナイ。温カイ……?コノ感覚ヲ、我ラハ『幸福』ト呼ブノカ……?)
エコーは、生まれて初めて知る『美味しい』という感情に、その場で完全にフリーズしてしまった。
その、あまりにもコミカルな光景を、ダグもグンナルも、呆気に取られて見つめていた。
そして、その光景を、アークの足元で、ウルが、興味深げに観察していた。
ウルは、最初は、この未知の存在を警戒していた。だが、主であるアークが彼らと対話し、そして今、セーラの料理という『陽だまりの熱量』に触れて、温かい光を放ったエコーの姿に、警戒を解いたようだった。
アークは、言葉ではなく、傍らのウルに、そっと目配せした。ウルは、主人の意図を完璧に理解すると、誇らしげに胸を張り、自らが森で一番美味しいと認めた『太陽のリンゴ』を一つ咥えると、エコーの足元へと、そっと差し出した。それは、アークの命令ではない。ウル自身が、セーラの料理で温かい光を放ったこの異質な隣人を『仲間』と認め、自らの宝物を分け与えたいと願った、純粋な『陽だまりの心』の発露だった。まるで「これが、僕らの『陽だまりの味』だよ」とでも言うかのように。
エコーは、その温かい毛玉の感触に、再び戸惑うように、その蒼い光を明滅させる。やがて、彼は、その指先から、小さな、小さな、星屑の光でできた蝶のようなものを生み出し、ウルの鼻先で、ふわり、と飛ばせてみせた。
ウルは、その光の蝶を、嬉しそうに「きゅい!」と鳴きながら追いかけ始めた。
星から来た客人と、森の聖なる御子。二つの、あまりにも異質な存在が、言葉を超え、遊び始めた、奇跡の瞬間だった。
その、あまりにも温かい光景に、ダグとグンナルの、強張っていた顔が、ふっと緩んだ。
「……へっ。なんだ、こいつらも、美味いもんは美味いって、わかるんじゃねぇか」
「ふん。悪くない眺めだ。……ダグ殿。お前の言う『生きた建築』とやら、もう少し、詳しく聞かせてもらおうか」
二人の巨匠の間に、張り詰めていた氷が、溶けた。
その日の午後、建設は、再び始まった。だが、その音は、もはや不協和音ではなかった。
「よし、基礎はグンナル師の石組みで固める!だが、その石と石の間に、俺の鉄鋼樹の根を編み込み、大地と繋げる!」
「面白い!ならば、その根が吸い上げた魔力を、アズライト殿の回路で安定させ、エコー殿の『響き』で、星屑鋼の梁へと伝えるのだ!」
木が石を支え、鉄が魔法を導き、星の知恵が、その全てを調和させる。
陽だまりの街の技術と、星からの知恵が融合した、全く新しい『共生の槌音』が、陽だまりの空に、高らかに響き渡った。
アルフォンスとアークは、その光景を、ウルと共に丘の上から見守る。
「……始まったな、兄さん。星の隣人たちとの、新しい未来が」
「ああ。だが、アーク。忘れるなよ」アルフォンスは、森の、さらに奥深くを見据えた。「俺たちは、まだ、あの『星の心臓』という、最大の謎を抱えている。お前がその謎の設計図を描き出すまで、俺が、この陽だまりと、俺たちの新しい仲間を、全力で守り抜く。こいつは、そのための、最初の一歩に過ぎん」
アークは、兄の、盟主としての揺るぎない視線に、力強く頷き返した。
(うん、わかってる。だからこそ、僕は、安心して、この世界の、より深い謎に挑むことができるんだ。僕らは、彼らと共に、もっと強く、もっと賢くならなくちゃいけない。あの、星の奥底で眠る、巨大な『心臓』と対話し、調和するための道を、必ず見つけ出すために)
創造主のペンは、止まらない。彼の頭の中には、無限の未来の可能性が、星々のようにきらめいていた。
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