第210話:創造主の散歩道と、豊かさの設計図
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創造主アークが目覚めて、数日後の朝。
陽だまりの街は、永い眠りから覚めた太陽を祝福するかのように、穏やかで、希望に満ちた光に包まれていた。アークの体力はまだ万全ではなかったが、兄アルフォンスの逞しい腕に支えられ、彼は初めて、自らが眠っていた間に生まれ変わった『陽だまりの街』を、その目に焼き付けるための散歩に出た。
その傍らには、主人の完全回復が嬉しくてたまらないといった様子で、ウルが、楽しそうに二人の足元を駆け回っている。
「……すごいな」
アークは、言葉を失っていた。彼が最初に訪れた『ライナス・アカデミー』。そこでは、若き学長フィンが、人間、エルフ、そして西方の職人公国から訪れた子供たちに、熱を込めて語りかけていた。
「いいかい!『陽だまり連合盟約』で一番大切なのは、法律じゃない!隣の席のダチと、同じパンを分け合いたいと思う、その『心』だ!」
アークは、かつての泣き虫だった友が、自分にはない「人を惹きつける教師」の顔になっていることに、心からの誇りを感じた。
次に訪れた『連合共同工房』では、ダグと西方の巨匠グンナルが、火花を散らしていた。
「へっ、だから硬ぇんだよ、西の頑固爺!この『聖浄樹』の耐久性と、あんたらの鋼鉄の鋭さ、その両方を合わせりゃ、百倍も長持ちする鍬が打てるだろうが!」
「ふん、面白い!木の命と鉄の理を融合させるだと?やってみる価値はあるな!」
二人は、アークの設計図にはなかった、全く新しい農具を、楽しげに罵り合いながら創り上げている。アークは、自分の手を離れ、仲間たちが自ら『創造』を始めていることに、胸が熱くなるのを感じた。
最後に訪れた『陽だまりの教会』。そこからは、ミカエラが奏でるオルガンの荘厳な音色と、リオンが弾く竪琴の優しい旋律が重なり合い、人間とエルフの子供たちが共に歌う、あの『陽だまりの聖歌』が響き渡っていた。
(……すごいな)
アークは、兄の肩に寄りかかりながら、心の中で呟いた。
(僕が創ったのは、ただの『種』だった。でも、兄さんとみんなが、その種を、僕の想像など遥かに超える、色とりどりの花が咲き乱れる、美しい『森』へと育て上げてくれていたんだ)
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その日の午後、アークが目覚めてから初となる『陽だまり連合評議会』が招集された。
アークは、盟主として堂々と議長席に座る兄アルフォンスの隣、『最高顧問』の席に、ウルを膝に乗せて着席した。その顔には、街の成長を見届けた満足感と、仲間たちへの絶対的な信頼が浮かんでいた。
だが、評議会は、重い空気の中で始まった。
議題は、光の姿で参加するディアナから提出された、深刻な経済報告。「豊穣過多」の問題だった。
『アーク様の帰還、心よりお慶び申し上げますわ。ですが、喜んでばかりもいられません』
ディアナの冷静な声が、円卓に響く。
『連合の連携により、食糧生産性は予測の300%を達成。結果、大陸全土で食糧価格が暴落しています。南方のカエラン様の領地では、収穫すればするほど赤字になる『豊作地獄』が始まりつつあります。我々は飢えを克服しましたが、今や、自らの『豊かさ』に、窒息させられようとしているのです』
評議会に、重い沈黙が流れた。南方のカエランは顔を青ざめさせ、西方のヴォルカンも「我らが武具と、食糧との交換レートが、完全に崩壊している」と苦悩の声を上げた。剣でも魔法でも解決できない、あまりにも巨大な壁。
仲間たちの視線が、奇跡を期待して、アークへと集まる。
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アークは、ディアナの膨大な資料に目を通し、静かに目を閉じた。体はまだ万全ではない。この難問を、かつてのように、自分一人の奇跡で解決することはできない。
彼は、兄アルフォンスの顔を見上げ、静かに微笑んだ。
「……兄さん。これは、僕一人の魔法で解決できる問題じゃない。連合全体の『流れ』を変える、盟主としての『決断』が必要だ」
アルフォンスは、弟からの、絶対的な信頼が込められたパスを受け取った。彼は一瞬驚いたが、すぐに、盟主の顔に戻った。
(そうだ。俺は、もう、こいつに守られるだけの兄じゃない)
彼は、地図の前に立つと、集まった仲間たちを見回し、力強く宣言した。
「飢えが解決したのなら、次の時代を創るまでだ!俺たちの連合は、ただ腹を満たすためだけの存在じゃない。人々の『暮らし』そのものを、豊かにする!」
「フィン、アカデミーで何を教えた?『文化』だろ。ダグ、グンナル師、俺たちは何を生み出した?『物語』だ。ディアナさん、俺たちが売るべきは、もはや麦や鉄じゃない。**『より豊かな生活』**そのものだ!」
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兄の、あまりにも力強い『王のビジョン』。
それに、アークの創造主の魂が、完璧に共鳴する。
「――その通りだよ、兄さん!」
アークは、まだ少し震える手で、しかし、その瞳に絶対的な確信を宿して、羽根ペンを握った。そして、兄が示したビジョン(The "What")を、具体的な設計図(The "How")へと落とし込んでいく。
「まず、**『余剰のエネルギー転換』**」
アークは、地図の上に、新しい工房の設計図を描き加えた。
「余った麦は、食うな。『燃やせ』。カエランさんの領地に、僕の設計図で、世界最大の**『穀物発電所』**を創る。豊かさは、そのまま『熱』と『動力』という、新しい時代の価値に転換するんだ」
「次に、**『余剰の高級化』**」
「そして、最高の麦だけを使い、『黄金の雫』を超える、全く新しい『高級嗜好品』を創る。例えば、蒼の賢塔のアズライト様の知恵を借りた、魔法の『パン』や『菓子』だ。腹を満たす道具から、心を満たす『芸術』へ。価値を、百倍に引き上げる」
「最後に、**『文化の輸出』**」
「そして、そのエネルギーと高級品を、俺たちの『物語(本・オルゴール)』と共に、まだ連合に加わっていない、全ての国へと『輸出』する。飢えの解決の、その『次』にある、豊かな暮らしの『答え』を、僕らが世界に示していくんだ」
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盟主が、力強く「未来」を指し示し、創造主が、その「道」を完璧に設計する。
その、あまりにも頼もしく、完璧な『二人の英雄の共作』を前に、評議会の仲間たちは、豊穣過多という絶望が、一瞬にして、未来への無限の可能性へと変わったことを知り、ただ、歓喜に打ち震えていた。
評議会が終わり、アークは、久しぶりの創造に、やはり疲労困憊していた。その体を、アルフォンスが、当然のように背負って、部屋へと運んでいく。
「……悪いな、兄さん。まだ、体力が」
「うるせぇ。お前は、世界で一番重たい頭脳を動かしたんだ。このくらい、当然だろ」
弟の穏やかな寝息が、背中に伝わってくる。その、あまりにも懐かしく、あまりにも尊い重みを感じながら、アルフォンスは、陽光に輝く自らの街を見下ろし、誇らしげに、しかし、どこまでも優しく微笑んだ。
「……見てろよ、アーク。お前が描いたその未来も、この俺が、必ず、現実のものにしてみせる。**二人で、な**」
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