第208話:王都への贈り物と、二つの小さな奇跡
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陽だまりの街は、新たなる創造の熱気に満ちていた。
『盟約の館』の円卓。そこには、アークが目覚めて以来、初めてとなる、連合の未来を左右する重大な議題が、盟主アルフォンスによって提示されていた。
第207話で産声を上げた、奇跡の『共鳴オルゴール』。その、記念すべき最初の贈り先を、どこに定めるべきか。
『経済効果を最大化するならば、ザターラの商人ギルド本店に飾り、その価値を大陸中に知らしめるのが最善ですわ』
ディアナの、冷静な商人の視点。
「いや、ディアナ殿。この音色の真価は、金貨では計れん。まずは、我ら職人公国の工房にこそ送り、更なる技術革新の糧とすべきだ!」
ヴォルカンの、職人としての熱い誇り。
どちらも、連合の未来を想う、揺るぎない正論だった。
だが、アルフォンスは、その二つの正義を、穏やかに、しかし、揺るぎない盟主としての声で制した。
「……二人の意見には、心から感謝する。だが、俺たちの、最初の『贈り物』は、富のためでも、技のためでもないはずだ」
彼は、円卓に集った仲間たち――カエラン、ミカエラ、ローラン、そして、静かにその議論を見守る弟アークへと視線を送った。
「俺たちの最初の『声』は、この大陸で、今、最も『陽だまり』を必要としている、たった一人の魂にこそ、届けるべきだ」
彼は、大陸地図の上、レナトゥス王国の王都を、その指で、とん、と叩いた。
「――最初の贈り先は、王都レナトゥス。病に伏せる、アンネリーゼ王女殿下だ」
その、あまりにも理想主義的で、しかし、あまりにも『陽だまり』らしい決断。
ディアナは、一瞬、その光の姿で目を丸くしたが、すぐに、その唇に、最高の『投資先』を見つけた時のような、会心の笑みを浮かべた。
(……素晴らしい。素晴らしいですわ、アルフォンス様。富でも技術でもなく、『慈愛』そのものを、外交の最初のカードとして切る。そして、それが結果的に、旧体制派の心臓部である王宮に、我らの文化の力を、真正面から見せつける、最高度の『外交戦略』になっている……!
あなたの器は、もはや、わたくしの計算尺では計れませんわね)
「そして」アルフォンスは、続けた。「その、あまりにも重要な使節団の長を、俺は、アークでも、俺自身でもなく、この男に任せたい」
彼は、評議会の末席で、その重大な決定に息を呑んでいた、若き学長フィンを、真っ直ぐに見据えた。
「フィン。お前と、灰嶺男爵領のエリアス殿に、この連合の、最初の『心』を、王都へ届ける大役を、命じる」
「ぼ、僕と、エリアスさんが!?」
「ああ。俺たち英雄が行くのではない。俺たちの『物語』と『心』を受け継いだ、お前たち**『次の世代』**が、この陽だまりの輪を広げていく。それこそが、旧い王国や教会とは違う、俺たちの連合の、本当の強さの証だ」
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数週間後。王都レナトゥス。
陽だまりの街とは対極にある、冷たく、整然とした空気が、フィンとエリアスの肌を刺した。
侍医長エラードの手引きで王宮へと足を踏み入れた二人を待ち受けていたのは、旧体制派の筆頭、宰相オルテガの、蛇のように冷たい視線だった。
「……ほう。北の田舎貴族が、王女殿下への『見舞いの品』、とな」
オルテガは、二人が捧げ持つ、ダグとグンナルが創り上げた美しい木箱を一瞥すると、扇子で口元を隠し、侮蔑の笑みを浮かべた。
「王女殿下は、今、御心の静養が第一。そのような、どこの馬の骨とも知れぬ『玩具』で、御心を惑わすなど、不敬千万。――下がれ。その『贈り物』は、この宰相オルテガが、確かに預かった。中身は、検分の上、然るべき処分としておこう」
その、あまりにも理不尽な、権力の壁。
エリアスは、その圧倒的な威圧感に、悔しげに拳を握りしめる。
だが、フィンは、ここで引き下がらなかった。彼の脳裏には、アークとアルフォンスから学んだ「陽だまりのやり方」が、鮮やかに蘇っていた。
(……アーク兄ちゃんなら、どうする?
力でねじ伏せるか?
違う。アルフォンス兄ちゃんなら、ここで諦めるか?
絶対に、ない!)
フィンは、一歩前に進み出ると、宰相に向かって、深く、深く頭を下げた。
「……宰相閣下の、王女殿下を想う御心、痛み入ります。我らも、決して、王女殿下のお心を乱すつもりはございません。ただ……」
彼は、窓の外に広がる、美しくも、生命の温もりを欠いた中庭を指差した。
「ただ、この、あまりにも美しい中庭で、我らが故郷の、ささやかな音色を、ほんの一時だけ、奏でてみることを、お許し願えませんでしょうか。その音色が、もし、王女殿下の御心の重荷となるようであれば、我らは、この『贈り物』と共に、静かに立ち去る所存です」
その、あまりにも謙虚で、しかし、一歩も引かぬ覚悟を宿した申し出。オルテガは、その、物分かりの良い子供の戯言を、鼻で笑い、許した。どうせ、田舎者の拙い音楽が、この王宮の静寂に響けば、それこそが、彼らの文化の程度を、王に知らしめる、良き『晒しもの』になるだろう、と。
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王宮の中庭。
フィンは、エリアスが見守る中、震える手で、『共鳴オルゴール』の、小さなゼンマイを巻いた。
カチリ、という小さな音の後。
『陽だまりの聖歌』の旋律が、冷たく静まり返った王宮の中庭に、響き渡った。
それは、もはやただの音楽ではなかった。
工房の仲間たちの情熱、リーリエの弟を想う心、そして、陽だまりの街の全ての温もり。星屑鋼に記録された**『陽だまりの熱量』**そのものが、音色となって溢れ出したのだ。
その、あまりにも温かい音色は、冷たい石の壁を、閉ざされた扉を、いとも容易く通り抜け、城の、一番奥深く、陽の光すら届かぬ部屋で、一人、虚ろに窓の外を見つめていた、少女の魂へと、確かに届いた。
アンネリーゼ王女は、その音色に、ハッと顔を上げた。
(……なに、この音……?)
彼女の、閉ざされていた心の氷が、その、あまりにも温かい音色に触れ、音を立てて、溶け落ちていく。
(……物語で読んだ、あの音だ。アルフォンス様が守り抜いた、あの陽だまりの、温かい光の音がする……!)
「……王女殿下!?」
侍女の、驚愕の声を背に、アンネリーゼは、数ヶ月ぶりに、自らの足で、ベッドから降りた。そして、よろめきながらも、力強い一歩を、その音のする方へと、踏み出した。
彼女は、陽光を求める花のように、その音色に、その温もりに、導かれるまま、一歩、また一歩と、歩みを進めていく。
やがて、彼女が、自らの足で、中庭のテラスへと続く扉を開けた時。
そこにいた、侍医長エラードも、宰相オルテガも、その、信じられない光景に、ただ、息を呑んだ。
病に伏せていたはずの王女が、その頬を、希望の光に紅潮させ、自らの足で、陽の光の下に、確かに、立っていたのだから。
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その、同じ瞬間。
遥か北、陽だまりの街。眠れる創造主アークの部屋で。
枕元で、主の穏やかな寝息を見守っていたウルが、突如として、王都の方角から流れてきた、懐かしい『陽だまりの熱量』に気づき、嬉しそうに「きゅぅぅん!」と、魂からの歓喜の声を上げた。
そして、アークの胸元で、まるで護符のように輝いていた、あの『陽だまりの小鳥』が、その温かい響きに、強く、強く、引き寄せられた。
小鳥は、ついに、アークの胸元を離れると、部屋の中を一度だけ、嬉しそうに旋回した。そして、眠るアークの胸の上、ウルの、神々しい毛皮の隣に、そっと、舞い降りたのだ。主の、穏やかな心音に安心したかのように、その小さな頭を、ウルの温かい毛皮の中に、幸せそうにうずめた。
アークの、世界中に散らばっていた魂の欠片が、また一つ。
仲間たちが創り出した、新たなる『温もり』に導かれ、その、帰るべき場所へと、確かに、帰還した。
その奇跡の光景を、部屋の外からそっと覗き見ていたアルフォンスは、弟の魂が、また一歩、目覚めへと近づいたことを確信し、静かに、しかし、力強く、その拳を握りしめるのだった。
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