第20話:聖浄樹の苗床と、緑の番人たち
前夜の衝撃と誓いが、まだ生々しい余韻を残す、夜明け前の領主の書斎。
そこに再び集ったのは、アークと父、ローラン、ダグ、そしてギデオン。だが、その場の空気は、昨日までとは全く異なっていた。そこにあるのは、一人の若き「総司令官」と、彼に絶対の信頼を寄せる「側近」たちの、真剣な作戦会議の緊張感だった。
ダグ、ローラン、そして父。仲間たちは、計画に賛同したからこそ、その実現に向けた現実的な課題を次々と挙げた。量産体制、外部からの干渉、そして、村人たちの協力。あまりにも巨大な壁が、いくつも立ちはだかっていた。
だが、アークは待っていましたとばかりに、静かに頷いた。
「みんなの言う通りだよ。だから、僕の計画は、三つの段階に分かれているんだ」
アークは、壮大な夢物語を、現実へと落とし込むための、完璧で緻密な第一段階計画を語り始めた。
『聖浄樹の苗床』による資源確保、『緑の番人』による人材育成、そして『林業プロジェクト』という偽りの名目による情報統制。
父は、息子の計画を、黙って聞いていた。だがその内面では、驚愕の嵐が吹き荒れていた。
資源の確保(苗床)、人材の育成(番人)、そして情報の統制。それは、子供の思いつきなどではない。国を治める者に必須の、高度な統治術そのものだった。ローランが言った言葉の意味を、彼は今、心の底から理解していた。
大人たちは、五歳の息子の口から語られた、領主もかくやという見事な計画に、もはや唸るしかなかった。
その日の昼過ぎ。
村の鍛冶場に、開墾作業で誰よりも熱心に働き、リーダーシップを見せていた数名の若者と、そして、親友であるフィンが、困惑した表情で集められていた。
アークは、父たちを伴い、彼らの前に立つと、深く、深く、頭を下げた。
「この村の未来、僕らの子供たちの未来を守るために、どうしても君たちの力が必要なんだ。これは、領主の跡継ぎとしての命令じゃない。同じ村に生きる、アーク・ライナス個人としてのお願いだ」
その真摯な姿に、村人たちの心は、強く、強く揺さぶられた。
一人の、リーダー格だった若者が、ゆっくりと前に進み出ると、アークの目の前で、ためらうことなく、深く膝をついた。
「アーク様。俺たちは、難しいことはわからねぇ。でも、あんたが俺たちの暮らしを良くしてくれたことは、この身が知ってる。あんたがやることが、正しいことなんだ。この命、あんたに預けます」
その言葉を皮切りに、フィンを始めとした全員が、次々とアークの前に膝をつき、忠誠を誓った。
それは、領主家への義務ではない。
アークという、一人の少年個人への、心からの信頼と忠誠の誓い。辺境の村に、血縁や地縁ではない、一個人のカリスマを中心とした、新しい共同体が生まれた瞬間だった。
その日の午後。
開墾された広大な畑の一角に、聖浄樹の苗床となる、特別な区画が設けられた。
そこへ、アークと、父たち側近、そして、晴れて『緑の番人』となったフィンと村人たちが集う。
アークは、前夜に生成した、淡く光り輝く聖浄樹の種を、番人たち一人ひとりに、手渡した。
「お願いするよ、僕の、最初の仲間たち」
番人たちが、緊張した面持ちで、その奇跡の種を、丁寧に、一粒、一粒、土に植えていく。
全ての種が植えられたのを見届けると、アークは苗床の中心に立ち、その小さな両手を、大地にかざした。
「**『植物育成(中)』**!!」
アークの魔力が、苗床全体を覆う、巨大な緑色の光のドームとなった。
次の瞬間、何十もの聖浄樹の種が、一斉に、そして、力強く芽吹いた。
それは、まるで緑色の生命の波が、大地を駆け抜けていくような、神々しい光景だった。
天へと向かって、ぐんぐんと、目に見える速度で伸びていく、何十本もの若き希望の苗。
「「「おお……!」」」
父も、ローランも、ダグも、その奇跡の始まりに言葉を失う。
そして何より、『緑の番人』となった村人たちが、その目に、熱い涙を浮かべていた。
それは、ただ奇跡に感動した涙ではない。何世代にもわたって、痩せた土地と厳しい冬に苦しみ、子供に腹一杯食べさせることすら叶わなかった、自分たちの無力な過去。その全てが、今、この緑色の光によって洗い流され、報われた気がしたのだ。自分たちの手で、子供たちの未来を、確かに変えられる。その確信が、彼らの涙腺を壊した。
アークの肩の上で、ウルが、天に向かって、高く、澄み切った鳴き声を上げた。
それは、ただの歓喜の叫びではない。魂の繋がりを通して、遥か森の奥深くで今も苦しむ、母なる世界樹へと送る、希望の狼煙。
『母様、見てて。助けにいくから。僕たちの、戦いが、始まったよ』
そんな、力強い誓いの声だった。
辺境の地に産声を上げた、小さな、小さな苗床。
だがそれは、やがて世界を覆う死の瘴気を押し返す、希望という名の、巨大な森の、最初の息吹だった。
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