表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/41

第16話:夜明けの誓いと、奇跡の雫

意識が、冷たい闇の底からゆっくりと浮上してくる。

最初に感じたのは、自分の頬を、ぺろぺろ、と優しく舐める、小さく湿った舌の感触だった。

うっすらと目を開けると、視界いっぱいに、心配そうな漆黒の瞳が映った。子熊の妖精――ウルが、アークの顔を覆いかぶさるようにして、必死に覗き込んでいたのだ。アークが意識を取り戻したことに気づくと、その瞳にぱっと喜びの光が灯り、「きゅぅーん!」と安堵と歓喜が入り混じった、甘えるような鳴き声を上げた。


「……ウル」


掠れた声でその名を呼ぶと、ウルはアークの首筋に顔を擦り付け、その温もりを確かめるように何度も「きゅぅ、きゅぅ」と鳴いた。

アークがゆっくりと体を起こそうとすると、全身を凄まじい虚脱感が襲う。魔力を根こそぎ使い果たした後の、魂が空っぽになったかのような、深い疲労。


洞窟の中を見渡す。入り口では、ローランが自分の腕に慣れた手つきで包帯を巻き直しながら、外への警戒を続けていた。

「ぐぅ……」

不意に、アークの腹が情けない音を立てた。

それに気づいたウルは、ぱっと顔を上げると、洞窟の隅へとちょこちょこと走っていった。そして、口いっぱいに瑞々しい赤色の木の実を咥えて戻ってくると、アークの手にそれを押し付けるように置いた。

アークが恐る恐る一つ口に含むと、蜜のような甘さと、森の恵みそのもののような爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。そして、ただ美味しいだけではない。その果汁が、空っぽだった魔力槽を、じんわりと癒やし、満たしていくのを感じた。

ウルは、ただの食料ではなく、魔力回復の効果を持つ特別な木の実を、本能で見つけ出してきたのだ。


「目が覚めたか。丸一日、眠っていたぞ」

ローランが、アークのそばに膝をついた。

「……よく、生きていてくれた」

普段の彼からは想像もつかないほど、素直な安堵の言葉。その声が、昨夜の戦いの激しさを物語っていた。


ローランは、現状を簡潔に報告した。約束の期限は、今日の夕暮れまで。急いで帰還しなければ、父が捜索隊を組織してしまう。

アークは、討ち取られたフロストウルフの死骸に目を向けた。その瞳が、きらりと輝く。


「ローランさん、すごいよ、これ!」

アークは、まるで宝の山を見つけた探検家のように、次々とその価値を分析していく。

「この毛皮! 最高の防寒具で、最高の断熱材だよ!」

「この牙と爪! ダグさんに見せたら、きっと飛び上がって喜ぶよ!」

そして、アークはフロストウルフの体内に残された、淡い青色に輝く石を見つけ出した。

「魔石だ。冷気の魔石。これがあれば、夏でも食料を保存できる『氷の箱』が作れる……!」

その瞬間、アークの脳裏に、一つの未来予想図が稲妻のように閃いた。

食料の長期保存。それは、この村を永遠に飢餓の恐怖から解放することを意味する。それは、アークイモの安定供給と並ぶ、村の存続を賭けた最重要課題への、完璧な解答だった。


ローランは、魔物の死骸を前に臆することもなく、村の未来図を描く五歳の少年の姿に、畏怖すら覚えていた。

「……お前さんの頭の中は、本当にどうなっているんだ」


時間がない中、ローランが手際よく三体分の素材を剥ぎ取る。ウルも、鼻をクンクンさせて、質の良い部分をアークに教えるなど、手伝いをした。

全ての準備を終え、一行はついに帰路についた。ウルが、森の安全なルートを先導してくれるおかげで、帰路は驚くほどスムーズに進んだ。


そして、太陽が西の山稜に沈み、空が茜色に染まる頃。

約束の期限、ギリギリに。

三人は、見慣れた村のはずれへと、たどり着いた。

村の入り口には、父と、兄のアルフォンス、そしてフィンを始めとした村人たちが、固唾を飲んで森の入り口を見つめていた。捜索隊が出発する、まさにその寸前だったのだ。


傷だらけのローランと、疲れ切ったアーク、そしてその足元に寄り添う不思議な生き物。

その三人の姿を認めた瞬間、フィンが「アーク!」と叫びながら、真っ先に駆け寄ってきた。

父は、アークの頭からつま先までを厳しい目で見つめ、その無事を確かめると、張り詰めていた肩の力が、ほんの僅かに、しかし確かに抜けるのがわかった。彼は一度、ぐっと喉を鳴らして何かを堪えると、感情を押し殺した声で言った。

「……約束は、守ったな」

だが、その声は、微かに震えていた。


アークは、父の前に一歩進み出た。

そして、懐から、小さなガラス瓶を、震える手で取り出す。


「父さん。……ただいま」


ガラス瓶の中で、数滴の瑠璃色の液体が、沈みゆく夕日の最後の光を浴びて、まるで生きているかのように、神秘的な輝きを放っていた。

『月雫草の雫』。

父にとって、それは過去の雪辱であり。

兄にとって、それは弟の誇りであり。

仲間たちにとって、それは信じて待った祈りの答え。

そしてアークにとって、それは、母を救う唯一の希望だった。

任務達成を告げる瑠璃色の輝きに、その場にいた誰もが、息を呑んだ。


絶望的な試練を乗り越え、少年は、確かに奇跡をその手に掴んで、帰ってきたのだ。


***


最後までお読みいただき、ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、フォローをいただけますと、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ