第155話:最初の返信と、陽だまりの新しい家族
#### 旅立つ語り部
陽だまりの街の門前は、新たな時代の、最初の旅立ちを見送る、温かい喧騒に満ちていた。
南の老農夫バルド、西の女性彫金師リーナ、そして陽だまりの街の快活な少女マヤ。三人の、記念すべき最初の『語り部』たちが、それぞれの故郷へと、陽だまりの光を携えて旅立つのだ。
「盟主殿、この御恩は、生涯忘れませぬ」バルドは、アルフォンスの手を、その節くれだった手で固く握りしめ、深く頭を下げた。リーナは、工房の師となったダグとグンナルから贈られた、小さな鉄と木の槌の護符を胸に、静かな決意の光を目に宿していた。
アルフォンスは、盟主として、彼らに最後の言葉を贈った。
「お前たちが運ぶのは、ただの品物や技術じゃない。この街の、俺たちの『心』そのものだ。難しければ、休め。辛ければ、いつでも帰ってこい。この陽だまりは、いつだってお前たちの家だ!」
その、若き王の、どこまでも温かい言葉に、三人は、深く、深く頭を下げた。
そして、アルフォンスの傍らで、まだ少しだけ兄の肩に寄りかかるようにして立つアークが、静かに一歩前へ出た。彼は、この日のために用意した、美しい白樺の木箱を、一人ひとりに手渡していく。中には、完成したばかりの『陽だまりの香印』のインクと、美しい紋章が刻まれた版木が納められていた。
「これは、ただのインクじゃありません」アークは、穏やかな、しかし魂に響く声で言った。「僕らの故郷の、温かい想いの一滴です。どうか、これを使って、あなた方の故郷で、あなた方だけの『陽だまりの物語』を、たくさん創ってください」
その、あまりにも尊い贈り物に、三人は、震える手でそれを受け取った。
「「「行ってまいります!」」」
街中の人々の、割れんばかりの歓声に見送られ、三つのキャラバンは、それぞれの故郷へと、希望の光が差す街道へと、ゆっくりと走り出した。
#### 世界からの返信
それから、数週間。陽だまりの街には、穏やかで、創造的な日々が流れていた。
アークは、兄や仲間たちに支えられながら、少しずつリハビリに励んでいた。午前中は、膝の上で気持ちよさそうに丸くなるウルの背中を撫でながら、アカデミーの講義を聴講し、午後は、アルフォンスと共に、足元を嬉しそうに駆け回るウルを連れて、街の隅々までをゆっくりと散歩する。それは、彼にとって、失われた時間を取り戻すだけでなく、自らが創った世界が、いかに愛おしく、美しいものであるかを再認識するための、大切な時間だった。
そして、ある日の午後。街の門が、にわかに騒がしくなった。
ディアナの銀月商会が誇る、最速の駿馬を連ねたキャラバンが、土煙を上げて到着したのだ。彼らが運んできたのは、絹織物でも、宝石でもない。大陸中から寄せられた、何百、何千という、羊皮紙の束だった。
『陽だまりの奨学金』。その、最初の募集に対する、世界からの『返信』だった。
その夜、盟約の館の大広間は、アカデミーの図書室へと姿を変えていた。
フィンと生徒たちが、一枚一枚、その手紙に目を通していく。やがて、その輪には、アルフォンスやアーク、ミカエラ、ローランといった、評議会の仲間たちも、自然と加わっていった。
それは、一つの、壮大な物語を読む時間に他ならなかった。
『僕は、海の側で暮らしています。去年の嵐で、村を守ってくれていた防砂林が、ほとんど流されてしまいました。どうか、僕に、塩と風に負けない、強い木を育てる方法を教えてください。僕らの村の、新しい森になりたいです』
『私の母は、昔、吟遊詩人でした。ですが、喉の病で、もう歌うことができません。陽だまりの街には、物語を奏でる、魔法の小箱があると聞きました。どうか、私に、母の代わりに、母を笑顔にするための歌を奏でる方法を、教えてください』
貴族の息子から、貧しい農夫の娘まで。そこには、この世界に生きる、名もなき人々の、ささやかで、しかし、どこまでも気高い『願い』が、溢れていた。
#### たった一輪の花
評議会の仲間たちは、頭を悩ませていた。どの願いも、あまりにも尊く、甲乙などつけられるものではない。
「ならば、我が南方から選出すべきです!」若き獅子カエランが、熱を込めて主張した。「誰よりも飢えの苦しみを知る者にこそ、この陽だまりの価値が、魂で理解できるはず!」
「いや、お待ちいただきたい、カエラン殿」西方のヴォルカンが、静かに、しかし力強く反論する。「創造の喜びを知らぬ者に、真の豊かさは理解できん。我ら西方の職人の子弟にこそ、その技を継承する資格がある!」
『経済的な観点から申し上げれば、お二人とも、視野が狭すぎますわ』ディアナの、冷静な声が響く。『ここは、我ら連合と未だ国交のない、中立地帯の小国から選ぶべき。一人の若者への投資が、未来の、一つの国との友好に繋がるのです。これ以上の、費用対効果の高い外交はございませんわ』
議論が平行線を辿る中、それまでアークの膝の上で静かにしていたウルが、不意に「きゅい!」と一つ鳴き、その小さな前足で、まるで「これだよ」とでも言うかのように、羊皮紙の山の底に埋もれていた一枚の、手紙とは呼べぬほど粗末な『樹皮の切れ端』を、ちょいちょい、と掻き出した。
アークは、相棒のその行動に驚きながらも、その樹皮を、そっと手に取った。
それは、他の、美しい羊皮紙の山の中に、まるで迷い込んだかのように、ひっそりと紛れ込んでいたものだった。そこに、子供の、たどたどしい文字で、短い願いが刻まれている。
彼は、その言葉を、静かに、読み上げた。
『わたしの村は、とても寒いです。お日さまは、あまり笑ってくれません。わたしの弟は、いつも咳をしていて、お外で遊べません。わたしは、物語の騎士様みたいに、大きな陽だまりは創れません。でも、もし、教えてくれるなら、わたしは、この寒い村でも咲く、たった一輪の、小さな花を、育てる方法が知りたいです。弟を、一度だけでいいから、笑顔にできるような、そんな、わたしの、小さな陽だまりを』
静寂。
その、あまりにも純粋で、あまりにも無垢な、たった一つの願い。
アークは、その樹皮の切れ端を、まるで宝物のように、その両手で優しく包み込み、その二色の瞳を、静かに潤ませていた。彼が、この世界で、最初に抱いた願い。病気の母を救いたいという、あの日の、小さな祈り。目の前の、か細い文字に綴られた願いは、あの頃の、無力で、しかし必死だった自分自身の魂の叫びと、あまりにも似ていたからだ。
「……決まったな」
アルフォンスは、静かに、しかし、その声に、絶対的な確信を込めて言った。
「俺たちの、最初の仲間だ」
#### 新しい家族への贈り物
アルフォンスは、盟主として、その少女――リーリエへの、正式な合格通知を、自らの手で書き記した。それは、冷たい事務的な文書ではない。「君の願いは、我らの心に届いた。さあ、この陽だまりの街へ。我らは、君を、新たなる家族として、心より歓迎する」という、温かい、兄からの手紙のようだった。
ミカエラは、その手紙に、旅の安全を祈る、聖なる祝福を。セーラは、道中で食べるための、栄養満点の焼き菓子を、小さな箱に詰めた。
その夜、アークは、一人、自室で、小さな木箱を、丁寧に彫り上げていた。
そして、その中に、自らが『種子合成』で生み出した、とっておきの、一粒の種子を、そっと納めた。それは、どんな極寒の地でも、自らの力で、月光のような、穏やかな光を放って咲き続けるという、**『月光花』**の種子だった。
そこへ、アルフォンスが、静かに入ってきた。
「……準備か?」
「うん。僕らの、新しい家族への、歓迎の贈り物だよ」
アークは、悪戯っぽく笑った。
二人の兄弟は、窓の外の、遥か北の空を見上げた。そこには、まだ見ぬ、小さな少女が、弟の帰りを待っている。
彼らは、もはや、ただ国を創っているのではなかった。世界中に散らばった、希望の種を、一つ、また一つと集め、陽だまりという名の、巨大な家族を、創り始めているのだ。
その、あまりにも温かい光景に、陽だまりの街の灯りが、いつもより、ほんの少しだけ、強く輝いて見えた。
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