第151話:最初の語り部と、陽だまりの根っこ
品に触れた時、人々が感じるべきなのは、ただの品質じゃない。その奥にある、僕らの『想い』の温もりなんだ。皆さんは、技術を伝える伝道師である前に、この温もりを伝える、最初の語り部なのです」
ミカエラは、かつて教会で学んだ弁論術ではなく、陽だまりの街で学んだ「相手の話をまず、心で聞くこと」の大切さを説いた。セーラは、各国の食材を使って陽だまり料理を作る実践的な授業を開いた。リーナは初めて触る南方の香辛料に戸惑い、バルドは麦以外の作物の調理法に目を丸くする。食を通じた文化交流が、彼らの心の壁を、少しずつ溶かしていった。
#### 職人の誇りと、魂の融合
共同工房では、各国から集まった職人たちが、それぞれの国の『宿木』の設計について、熱い議論を交わしていた。
西方のリーナは、陽だまりの街の、あまりにも美しい「木の文化」に感銘を受けつつも、深い葛藤に苛まれていた。自らが一生を捧げてきた、冷たく、硬質な金属細工の技術を、この温かい木の文化の中で、どう活かせばいいのか。彼女には、その答えが見つけられずにいた。
その夜、一人工房で、小さな銀の髪飾りを指で弄びながら悩むリーナの元に、工房の主、ダグが、無骨な木のジョッキを手に現れた。
「……浮かねぇ顔してんな、嬢ちゃん」
「ダグ、様……」
リーナは、胸の内を、不器用に吐露した。木の温もりと、金属の冷たさ。その、決して交わることのない二つの理の間で、自分の誇りを見失いかけている、と。
ダグは、その言葉を黙って聞くと、彼女を、夜の闇に浮かび上がる『盟約の館』の、その巨大な正面扉の前へと連れて行った。
そこには、温かい木彫りの世界樹のレリーフに、それを引き締め、守るかのように、美しい黒鉄の飾りが、完璧な調和を保って、はめ込まれていた。
「木も鉄も、どっちが偉いなんてこたぁねぇ。互いの良さを引き出し合ってこそ、最高のモンが生まれんだよ。アーク様と、アルフォンスの旦那みてぇにな。お前さんのその繊細な技は、木の温もりを、もっと気高く見せるための、最高の相棒になるはずだぜ」
ダグの、不器用だが、どこまでも温かい言葉。リーナは、その扉に刻まれた、二つの文化の完璧な融合を見つめ、その目に、涙を浮かべていた。
彼女は、開眼したのだ。(木は命、鉄は理。違う、そうじゃない!命ある木を、揺るぎない理である鉄が支え、守り、そして気高く飾る…!これこそが、創造主アーク様と、盟主アルフォンス殿…二人の英雄の在り方そのものではないか!)彼女の中で、二つの文化はもはや対立するものではなく、互いを高め合う、最高のパートナーとして、完全に融合した。
翌日、彼女が提出した西方の宿木の設計図。その扉には、鉄で編み上げられた、聖浄樹の美しい蔦の模様が、まるで最初からそこにあったかのように、生き生きと描かれていた。
#### 未来への旅立ち
研修と設計を終え、最初の『宿木』の心臓部となる標準モジュール一式が、ついに完成した。それは、印刷機や調理器具だけでなく、アークがこの日のために特別に創った、竪琴を弾けば『陽だまりの騎士』の物語が光の影絵となって壁に映し出される、魔法のランタンなども含まれていた。
旅立ちの前夜、完成したモジュールを前に、語り部たちがアルフォンスとアークに、その決意を誓った。
「我らは、必ずや、故郷に陽だまりの花を咲かせてまいります」
その、あまりにも温かい誓いの光景は、アークの魂を、深く、深く満たした。彼は、兄の隣で、満足げに微笑む。
その夜、眠りについたアークの夢の中に、これまでにないほど鮮明な光景が広がった。南の国で、老農夫バルドが、目を輝かせる子供たちに囲まれ、陽だまりの物語を語り聞かせている。西の国で、リーナが創った美しい宿木の扉を、人々が感嘆の目で見上げている。彼が蒔いた種が、仲間たちの手によって、世界中で、それぞれの美しい花を咲かせていく、輝かしい未来のビジョン。
現実世界。
アルフォンスが、弟の様子を見守る、その目の前で。
枕元の黄金の芽が、これまでで最も強く、そして慈愛に満ちた輝きを放った。そして、七つの花が咲き誇るその中心で、これまで固く閉ざされていた、**八つ目となる最後の黄金色の蕾が、まるで全ての準備が整ったことを祝福するかのように、音もなく、しかし、完璧な形で、その花弁を、完全に開いたのだ。**
八つの花弁を持つ、完璧な黄金色の花輪。そこから放たれる生命の光は、もはや部屋を満たすだけではない。それは、一つの、凝縮された光の奔流となって、眠るアークの胸へと、優しく、吸い込まれていった。
これまでまだ雪の白さが残っていたアークの髪が、その根元から、まるで永い冬を越えた雪解けの大地に、春の陽光が一斉に差し込むかのように、完全に、眠る前の、あの美しい陽光の金色へと、力強く、そしてどこまでも優しく、戻っていったのだ。
アルフォンスは、その、あまりにも神々しく、あまりにも希望に満ちた光景に、息をすることも忘れ、ただ、立ち尽くしていた。その傍らで、主の魂の帰還を誰よりも敏感に感じ取っていたウルが、喜びを抑えきれずに「きゅぅぅん!」と魂からの歓喜の声を上げ、眠る主の頬に、その温かい体を何度も、何度もすり寄せた。
(……おかえり、アーク。俺たちの、太陽)アルフォンスは、声にならない言葉を胸に、ただ、その奇跡の光景に、涙した。
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