第150話:最初の評議会と、陽だまりの宿木
#### 新時代の最初の評議会
『陽だまりの証明印』が産声を上げた、その翌朝。
完成したばかりの『盟約の館』の円卓には、新たなる時代の主役たちが、歴史上初となる評議会のために集結していた。
議長席に座るアルフォンスを筆頭に、ローラン、ミカエラ。そして、南からはカエランが、西からはヴォルカンが、それぞれの国の未来をその双肩に背負い、真剣な面持ちで席に着いている。ザターラからは、ディアナが『契約の木』を通じて、光の姿でその議論に参加していた。
そして、その末席に。まだ少し顔色は白いものの、その二色の瞳に世界の理を宿したアークが、兄の采配を静かに見守るように座っていた。
議題は、アークが昨日提示した、第二の設計図――『陽だまりの宿木』の設立について。
だが、評議会は、その開始早々、最初の壁に直面することになる。
「最初の『宿木』は、我が南方の王都にこそ設立すべきです! 飢えに苦しんだ我ら南方の民にとって、この陽だまりの思想は、魂の救済そのもの!この光を、まずは我らの同胞に、一人でも多く届けることが、我らの使命ではないのですか!」
口火を切ったのは、若き獅子カエランだった。その声には、故郷を背負うリーダーとしての熱意が漲っている。
「いや、お待ちいただきたい、カエラン殿」ヴォルカンが静かに、しかし力強く反論する。「技術交流の拠点として、西方の職人公国にこそ、最初の宿木を。我らが誇る職人の技と、陽だまりの文化が融合すれば、そこから、全く新しい創造の炎が生まれるはずです!ディアナ殿のお考えは理解できる。だが、我ら職人の技を、ただの客寄せのための見世物にするつもりか!技とは、魂そのもの。その魂を理解できる、真の仲間を育てる場所こそが必要なのだ!」
『経済的な観点から申し上げれば、お二人とも、情熱が先走りすぎておりますわ』
ディアナの、冷静な声が響く。『まずは、大陸最大の交易路が交差する、わたくしのザターラにこそ設立すべき。より多くの人々に、陽だまりの文化を広め、その価値を大陸全土に知らしめる。それこそが、最優先事項では?』
それぞれの国の利益と、未来を背負った、三者三様の正論。それは、連合が初めて直面する、健全で、しかし、決して避けては通れない『対立』だった。
#### 二人の盟主の采配
議論が平行線を辿り、場の空気が膠着しかけた、その時。
「――皆の意見は、全て正しい」
議長であるアルフォンスが、その静かだが、有無を言わさぬ声で、場を制した。
「だからこそ、俺は、一つの場所を選ぶことはしない。――全ての国に、同時に、それぞれの国の特色を活かした『宿木』を創る。それが、俺の答えだ」
その、あまりにも理想論に聞こえる言葉に、ディアナが、即座に現実的な問題を突きつける。
『しかし、盟主様。それには、あまりにも莫大な人材と、資源が……。我らの連合は、まだ生まれたばかりの赤子。一度に全てを手に入れようとすれば、その体は、内側から引き裂かれてしまいますわ』
その、誰もが反論できない、的確な懸念。
だが、その問いに答えたのは、アルフォンスではなかった。
「大丈夫だよ、ディアナさん」
それまで静かに議論を見守っていたアークが、穏やかに微笑んだ。
「そのための、設計図もできているから」
彼は、一枚の新しい羊皮紙を、円卓の中央に広げた。
「僕らが創るのは、同じ形の建物を世界中に建てる『支店』じゃない。それぞれの土地に、それぞれの陽だまりの花を咲かせる『根』なんだ」
そこに描かれていたのは、驚くほどシンプルで、しかし、無限の可能性を秘めた、モジュール式の建築設計図だった。
「陽だまりの街からは、印刷機や調理器具、そして『証明印』の認証装置といった、連合共通の『心臓』の部分だけを供給する。その心臓を、どういう体で包み、どういう顔を与えるかは、それぞれの国の人々が、その土地の木材や石材、その土地の文化様式を取り入れて、自由に決めるんだ」
「南には、風通しの良い、開放的なテラスを持つ宿木を。西には、職人たちの技を存分に披露できる、頑丈な石造りの宿木を。ザターラには、世界中の人々を迎え入れる、洗練されたデザインの宿木を。全ての『宿木』は、違っていていい。いや、違っていなくちゃ、いけないんだ」
その、多様性を尊重し、中央集権ではない『連合』という思想そのものを体現した、あまりにも美しい設計図。カエランも、ヴォルカンも、そして、誰よりも現実主義者であるはずのディアナですら、その、神の如き叡智を前に、ただ、息を呑むことしかできなかった。
「……アーク」
アルフォンスは、弟が描き上げた完璧な設計図を前に、誇らしげに、そして、少しだけ悪戯っぽく笑った。「お前の設計図は、完璧だ。だが、一つだけ、最高のピースが足りていない」
彼は、盟主として、その設計図に、最後の魂を吹き込んだ。
「その『宿木』を守り、育てるのは、俺たち連合の役目だ。だが、そこを訪れる人々をもてなし、俺たちの物語を語るのは、吟遊詩人だけじゃない。**俺たち自身だ**」
彼は、カエランとヴォルカンに向き直った。
「カエラン殿、ヴォルカン殿。あなた方の国の、最高の職人、最高の農夫を、その『宿木』の、最初の『語り部』として、派遣してはいただけないだろうか。彼らの、泥と汗にまみれた、本物の言葉こそが、どんな英雄譚よりも、人々の心を打つはずだ」
創造主が描く、完璧な理想の設計図。守護者が、そこに、人の温もりという名の、現実的な血肉を与える。二人の英雄が、初めて、共作した、完璧な設計図が、そこに完成した瞬間だった。
#### 兄の腕の中で
計画は、満場一致で承認された。評議会は、新たなる時代の、具体的な一歩が踏み出されたことへの、熱狂と興奮に包まれた。
だが、その熱気の中心で。
アークの体が、ふらり、と大きく傾いた。彼の体は、まだ、長時間の評議会や、複雑な設計図の作成に耐えられるほど、回復してはいなかったのだ。
「……アーク!」
アルフォンスが、間一髪でその体を支える。
「……ごめん、兄さん。少し、夢中になりすぎたみたいだ」
アークは、兄の腕の中で、安心したように、そして、少しだけ申し訳なさそうに微笑むと、そのまま、静かに意識を手放した。
アルフォンスは、眠るように意識を失った弟を、その逞しい腕で、静かに横抱きにした。いわゆる、お姫様だっこだった。
「心配するな。こいつは、ただの燃費の悪い天才だ。少し、燃料補給が必要なだけさ」
その、あまりにも頼もしい言葉に、仲間たちの間に、安堵の笑みが広がる。
「……評議会は、ここまでだ。俺は、こいつを寝かしつけてくる。お前たちは、それぞれの国に戻り、最高の『宿木』を創るための、最高の仲間たちを選んでくれ。――解散!」
盟主として堂々と采配を振るう兄の姿と、その腕の中で、絶対的な信頼を寄せて、穏やかに眠る弟の姿。
その、あまりにも美しく、完璧な役割分担を、仲間たちは、温かい笑みと、揺るぎない信頼の眼差しで見送った。光の姿でそれを見ていたディアナは「(まあ…!なんという…最高の『絵』ですこと…!これは金貨に換算できぬ、至上の価値…!)」と商人にあるまじき純粋な感動に頬を染め、ミカエラは、そのあまりにも気高い兄弟の絆の姿に、静かに胸の前で十字を切っていた。
アルフォンスがアークを部屋に運び、ベッドにそっと寝かせると、扉の隙間から、一つの小さな毛玉が飛び込んできた。主の異変を察知していたのだろう、ウルが心配そうにアルフォンスの足元に駆け寄り、ベッドに横たえられた主の顔を、クンクンと鳴きながら優しく舐めた。その小さな温もりが、張り詰めていたアルフォンスの心を、そっと解きほぐしていくのだった。
創造主が種を蒔き、守護者が大地を耕す。陽だまり連合の、新たなる国づくりが、今、確かに始まったことを、その光景は、何よりも雄弁に物語っていた。
***
最後までお読みいただき、ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、フォローをいただけますと、執筆の励みになります。




