第147話:王の凱旋と、目覚めの声
#### 王の凱旋
王都レナトゥスでの使命は、アルフォンスたちの想像を遥かに超える形で、実を結んだ。陽だまり連合は、王家からの公式な庇護を取り付け、何よりも、一人の少女の凍てついた心に、温かい陽光を届けることができたのだ。
帰還を決意したアルフォンスが、国王に最後の謁見を申し出た日。謁見の間には、もはや以前のような冷たい空気はなかった。
「アルフォンス・ライナス卿。そなたと、そなたの国がもたらしてくれた奇跡、このレナトゥス王国は、決して忘れぬ」
国王は、玉座から降り立つと、一人の若き王に対し、対等な盟友として、その手を固く握りしめた。「ここに、陽だまり連合との、永久友好条約の締結を、我が名において宣言する。今後、王都の門は、常にそなたたちのために開かれているであろう」
それは、辺境の小さな連合が、大陸で最も権威ある王国と、正式な国交を結んだ、歴史的な瞬間だった。
旅立ちの前夜、アルフォンスたちの宿舎に、意外な訪問者が現れた。かつて彼らを貶めようとしていた旧体制派の筆頭、宰相オルテガその人だった。
彼は、これまでの非礼を詫び、アルフォンスの前に、深く、深く頭を下げた。
「……我らは、力と富こそが国を動かすと、信じておりました。ですが、あなた様が見せてくださったのは、全く違う国の形。人の心を温めることこそが、真の豊かさなのだと、あの庭園の、たった一輪の花が、この老いぼれに教えてくれました」
彼は、連合への加盟はまだできないとしながらも、個人として、王都における陽だまり連合の「協力者」となることを誓った。彼の魂を縛っていた古い価値観の鎖が、音を立てて砕け散った瞬間だった。アルフォンスは、敵対者すらもその誠実さで感化させる、弟とは違う、しかし、確かに王の器と呼ぶべき力を、その身に宿していた。
#### 陽だまりの新たな影
その頃、陽だまりの街では、留守を預かる仲間たちが、新たなる課題に直面していた。
『盟約の館』の円卓。ローランと、街の父である男爵が、ディアナから届けられた緊急の報告書に、厳しい表情で目を通している。
『……皆様。光が強くなれば、影もまた濃くなるもの。我らが陽だまりの文化の波及は、残念ながら、招かれざる『害虫』をも呼び寄せておりますわ』
ディアナが報告したのは、連合の外部、特に旧教会勢力がその影響力を失った地域で発生している、『偽りの陽だまり』問題だった。陽だまり連合の名を騙り、聖浄樹の粗悪な模倣品を高値で売りつけたり、『陽だまりの騎士』の物語を歪めて「富を独占する貴族を打倒せよ」と民衆を扇動したりする者たちが、大陸の各地で現れ始めている、と。
『報告によれば、すでにいくつかの街では、その偽りの物語を信じた民衆による小規模な暴動すら発生している模様ですわ』
「……我らが創り上げた『信頼』という名の貨幣を、最も卑劣な形で利用する者たちが現れた、というわけですかな」
ローランの言葉に、男爵は静かに頷いた。連合が、自らのブランドと、その気高き理念を、いかにして守り、正しく伝えていくか。豊かさの次に来る、あまりにも厄介な「国づくり」の課題だった。
#### 届けられた感謝
数週間の旅路の果て、アルフォンス、ミカエラ、リオンは、英雄として、陽だまりの街へと凱旋した。
街は、彼らの帰還を、歴史上最も温かい歓声で迎えた。アルフォンスは、その歓声に応えながらも、真っ先に、ただ一つの場所を目指した。弟が眠る、あの静かな部屋へ。
彼は、仲間たちへの報告も後回しに、眠るアークの部屋の扉を、静かに開けた。
「……ただいま、アーク」
その声は、旅立つ前の、どこか不安を隠した響きではない。全ての使命を果たし終えた、兄の、そして王の、自信に満ちた、温かい音色だった。
「最高の土産話と、最高のダチからの贈り物を、持ってきたぜ」
アルフォンスは、王女アンネリーゼから託された、菜園で咲いたという小さな黄金色の花を、アークの枕元、あの『嘆きの人形』が遺した白い野花の隣に、そっと飾った。
その、瞬間だった。
王女の、あまりにも純粋な感謝の想いと、陽だまりの街の聖域の力が、完璧に共鳴した。
黄金色の花と、白い野花が、互いを祝福し合うかのように、淡い光を放ち、その光が、まるで一本のリボンのように、優しく絡み合い始めたのだ。
枕元の花瓶から溢れ出した、温かく、そしてどこまでも優しい光が、眠るアークの全身を、慈愛に満ちた繭のように、そっと包み込んでいった。部屋の空気が、まるで春の陽光そのもののような、懐かしい生命の香りで満たされる。アルフォンスの肌を、ただ温かいだけではない、魂の芯まで癒やすかのような、神聖な波動が撫でていった。
これまで微動だにしなかった彼の唇が、はっきりと、何か言葉を紡ごうとするかのように、僅かに開かれる。
そして、アルフォンスと、主の傍らに駆け寄ったウルの耳にだけ聞こえる、夢うつつのような、しかし、確かな声が、静寂の部屋に響き渡った。
「……おかえり……兄さん……」
その声を聞いた瞬間、アルフォンスの、強靭な精神で張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。彼は、言葉にならない嗚咽を漏らしながら、弟の、温かい手を、震える両手で固く、固く握りしめた。
#### 目覚めの声
アルフォンスは、その場で凍りついた。心臓が、肋骨を内側から叩きつけるかのように、激しく脈打っている。
幻聴ではない。確かに、聞こえた。魂の芯にまで響く、この温かい響きは、数ヶ月ぶりに聞いた、愛しい弟の声。
彼は、たまらず、眠る弟のベッドへと駆け寄った。
「アーク……!アーク、聞こえるのか!?」
だが、アークの顔は、再び、静かな寝息を立てるだけの、穏やかな寝顔に戻っていた。
まるで、何もかもが夢だったかのように。
いや、違う。アルフォンスは、そっと、自らの頬に触れた。そこは、自分でも気づかぬうちに、熱い涙で濡れていた。
彼は、ゆっくりと、弟の傍らに膝をついた。その視線の先で、ウルが、漆黒の瞳を潤ませながら、主と兄を、交互に見つめている。
アルフォンスは、弟の、まだ温もりが残る手を、そっと握りしめた。
「……ああ。ただいまだ、アーク」
それは、兄が、弟の不在を埋めるために戦った、孤独な戦いの終わりを告げる声。
そして、弟が、兄という最高の英雄の誕生を、その魂で祝福する、最初の産声だった。
その、兄の魂からの呼びかけと、届けられた感謝の光に応えるかのように。
枕元で、七つの黄金の花が、一斉に、これまでで最も眩い光を放った。
そして、眠るアークの、雪のように真っ白だった髪の、その毛先数センチが、まるで夜明けの光が差し込むかのように、懐かしい、陽光の金色を、取り戻していくのが、はっきりと見えた。
雪解けの大地に、春が訪れるように。
創造主の魂は、今、永い、永い冬の眠りから、確かに、目覚めようとしていた。
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