第141話:王女の願いと、盟主の決意
##### 小さな陽だまり
王都での日々は、静かに、しかし、確実に、凍てついた城の空気を溶かし始めていた。
フィンとエリアスは、毎日、王女の私室を訪れた。
エリアスは、故郷の厳しい冬の物語や、岩の隙間に咲く、気高い紫の花の物語を、その実直な言葉で語り聞かせた。
フィンは、目を輝かせながら、『陽だまりの騎士の譚詩曲』を、英雄の力強い声色と、敵将の傲慢な声色を使い分け、まるで舞台劇のように、生き生きと演じてみせた。
最初は、ただ黙って聞いていただけのアンネリーゼ王女。だが、数日が経つ頃には、彼女の唇に、ほんの僅かな、笑みが浮かぶようになっていた。
そして、ある日の午後。
フィンの英雄譚が、アルフォンスが宿敵ギュンターを打ち破る、クライマックスに差し掛かった時。
王女は、か細く、しかし、確かな好奇心をその声に宿して、初めて、自らの意志で問いかけた。
「……その、アルフォンス様という方は……本当に、いらっしゃるの……?」
その、あまりにも小さな、しかし、あまりにも確かな一言。
「はい!もちろんですとも!」フィンは、我がことのように、誇らしげに胸を張った。「僕の、たった一人の、自慢の兄ちゃんですから!」
その夜、侍医長エラードは、信じられない光景を目にすることになる。
アンネリーゼ王女が、数ヶ月ぶりに、自らの足でベッドから降りると、侍女の肩を借りながら、おぼつかない足取りで、窓辺へと歩み寄ったのだ。
彼女は、窓ガラスに、そっと指で触れると、侍医長に、こう告げた。
その声は、もはや、か細いだけではなかった。一つの、揺るぎない『願い』が、そこにはあった。
「……エラード。わたくし、会ってみたい……。その、アルフォンス様に」
##### 陽だまりの評議会
その、王女の『願い』は、陽だまり連合の全てを、動かした。
『盟約の館』の円卓では、アルフォンスを中心とした連合の仲間たちが、この予想外の展開に、新たな戦略を練っていた。
『素晴らしい……実に素晴らしいですわ、アルフォンス様』
光の姿で参加するディアナが、会心の笑みを浮かべた。『王女殿下の御心を開いた。これ以上の外交的成果はございません。ですが、これは同時に、我らにとって、これ以上ない好機でもあります』
彼女は、王女への『見舞いの品』として、陽だまりが生み出した全ての温もりを王宮へ届け、文化による外交をさらに推し進めることを提案した。
##### 盟主の決意
「……俺が、行く」
緊急の評議会で、アルフォンスは、静かに、しかし、有無を言わさぬ口調で、告げた。
「王女殿下への見舞いの品を届ける、陽だまり連合、最初の公式使節団。その長として、この俺が、自ら王都へ赴く」
「お待ちください、アルフォンス様!」ローランが、即座に制止した。「あまりにも、危険です!王都は、今や、我らの力を警戒する、旧体制派の巣窟!盟主たる貴方様が、その身を危険に晒すなど……!」
「だからこそ、俺が行くんだ」
アルフォンスは、ローランの目を、真っ直ぐに見据え返した。
「俺たちの連合が、ただの田舎貴族の寄り合いではないことを、俺たちの『顔』が、直接王宮に乗り込むことで、大陸の全てに示す。そして何より……病に伏せる、たった一人の少女の、ささやかな願いに、応えることができないような男に、この連合の盟主が務まるとは、俺には到底、思えん。それに……」
アルフォンスは一度言葉を切り、脳裏に眠る弟の顔を思い浮かべた。
「俺の弟なら、きっと、迷わず行っただろうからな。……いや、違うな。あいつの兄として、そして、この連合の顔として、俺が行く。それだけだ」
その、あまりにも気高く、あまりにもアルフォンスらしい決意。
その魂の輝きを前に、もはや、誰も、反対の言葉を口にすることはできなかった。
ディアナは、光の姿で、満足げに微笑んだ。『承知いたしましたわ、盟主様。ならば、王都までの道筋、そして、王宮での最高の舞台は、このディアナが、銀月商会の全てを賭けて、ご用意いたしましょう』
ミカエラもまた、静かに立ち上がった。「ならば、このミカエラも、お供いたします。王都の、光と影の全てを知る、あなた様の、最初の『剣』として」
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