第140話:王都の陽光と、凍てついた心
##### 旅路の対話
陽だまりの街を離れ、レナトゥス王国の、広大な穀倉地帯を抜けていく旅路。
最初は、緊張からか、どこかぎこちなかったフィンとエリアスの間にも、馬車の心地よい揺れと、焚き火を囲む夜の静寂の中で、次第に、自然な対話が生まれていった。
フィンは、アルフォンスの言葉を胸に、ただ一方的に陽だまりの素晴らしさを語ることはしなかった。彼は、問いかけたのだ。
「エリアスさんの故郷は、どんな場所なんですか?冬は、やっぱり、すごく寒いんですか?」
エリアスは、最初、戸惑いながらも、その実直な言葉で、自らの故郷の物語を紡ぎ始めた。
「……冬の朝、全てが凍てついた森に、最初の朝日が差し込む瞬間がある。その時、木々の枝に積もった雪が、まるでダイヤモンドのように、七色に輝くのだ。あれほど、美しい光景を、俺は他に知らない」
「そして、春。硬い岩の、ほんの僅かな隙間から、紫色の、小さな花が咲く。誰に褒められるでもなく、ただ、そこに在ることを誇るかのように。……我ら灰嶺の民は、皆、あの花のようにありたいと、そう願っている」
フィンは、その、あまりにも詩的で、気高い物語に、ただ、息を呑んで聞き入っていた。
(……そうか。物語は、与えるだけじゃない。聞くこと、知ること。それもまた、同じくらい、大切なことなんだ)
彼は、師アークが遺した知識を伝えるだけの学長から、世界中の未知なる物語を集め、未来へと繋ぐ、真の『賢者』へと、その最初の一歩を、確かに踏み出していた。
##### 王都の影と、思わぬ味方
数週間の旅の果て、フィンとエリアスは、ついに王都レナトゥスの威容を、その目にすることとなった。
天を突く白亜の城壁、整然と区画された美しい街並み。だが、その美しさは、どこか生命の温もりを欠いた、冷たいものだった。
王宮の門前で、二人は、その冷たい洗礼を浴びることになる。
「陽だまり連合?灰嶺男爵領?聞いたこともない田舎貴族の使いが、アンネリーゼ王女殿下に何のようだ」
受付の文官は、扇子で口元を隠し、二人を汚物でも見るかのような目で見下した。
二人が、なすすべなく立ち尽くしていた、その時だった。
「――待ちたまえ」
静かだが、有無を言わさぬ声が、背後からかけられた。
王家に仕える侍医長、エラードだった。
「王女殿下の御身に関することは、全てこの私が預かっている。いかなる可能性であろうと、試す価値はある。――参られよ、若き使節殿。あなた方の『贈り物』、このエラードが、確かに見届けよう」
##### 王女の陽光
フィンとエリアスが通されたのは、壮麗だが、どこか息が詰まるほど静かな王女の私室だった。
天蓋付きのベッドの上で、一人の少女が、窓の外を、ただ、ぼんやりと見つめていた。
アンネリーゼ王女。その瞳には、世界の全てを諦めてしまったかのような、深い哀しみの色が宿っていた。
フィンは、エリアスと共に、王女の前に進み出ると、贈り物を捧げるのではなく、物語を語り始めた。
エリアスが、その物語に応えるように、白樺の木箱を、静かに開く。
カチリ、という小さな音の後、澄み切った『陽だまりの聖歌』の旋律が、静寂の部屋を満たしていった。
その、瞬間だった。
アンネリーゼ王女の、何の光も宿していなかった瞳が、初めて、微かに揺らめいた。
(……なに、この音……。宮廷楽団の、悲しい音楽とは違う。温かい……。まるで、アルフォンス様の物語で読んだ、陽だまりの光そのものが、音になったみたい……)
彼女の、雪のように白い頬を、一筋、温かい涙が伝った。
それは、数ヶ月ぶりに、彼女の心が、世界と触れ合った、証だった。
彼女は、その、か細い唇で、ほとんど音にならない声で、確かに、こう呟いた。
「……陽光の……音……」
##### 世界を越える伝言
その、同じ時刻。
遥か北、陽だまりの街。眠れる創造主の間で。
枕元に飾られた花瓶の上で、陽だまりの小鳥が、これまで聞いたこともない、喜びに満ちた、美しいさえずりを奏で始めた。
その歌声に呼応するかのように、四つの黄金の花が、一斉に、眩いばかりの光を放つ。
光は、これまでのように、ただアークの胸に注がれるだけではなかった。それは、一つの、凝縮された光の奔流となって、眠る彼の、固く閉ざされた**瞼**へと、集中した。
その、瞬間。
兄アルフォンスとウルが見守る前で、信じられない奇跡が起きた。
アークの、雪のように真っ白な睫毛に縁取られた瞼が、ほんの、ほんの僅かに、**ぴくり、と痙攣したのだ。**
それは、夢の中の無意識の動きではない。外の世界で生まれた、新しい希望の光に、その肉体が、確かに反応した、生命の兆候だった。
アルフォンスは、息をすることも忘れ、その光景に釘付けになった。
弟の魂が、帰ってきている。
この、温かい陽だまりの家へと、光を求めて、確かに。
夜明けは、もう、すぐそこまで来ていた。
***
最後までお読みいただき、ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、フォローをいただけますと、執筆の励みになります。
***




