第133話:陽だまりの盟約と、王の最初の言葉
#### 夜明けの祝祭
その朝、陽だまりの街は、世界で最も穏やかで、最も希望に満ちた光に包まれていた。
街の中心、この日のためにその全ての門を開かれた『盟約の館』。西方の職人たちが築いた千年揺るがぬ石の礎、陽だまりの職人たちが育てた呼吸するかのような木の壁、そしてエルフたちが編み上げた月光を浴びて輝く水晶の屋根。その全てが、昇り始めた朝日に照らされ、まるで生きているかのように、温かい光を放っていた。
館の前に広がる広場には、大陸中から集った人々が、固唾を飲んでその瞬間を待ちわびていた。南方の、日に焼けた農夫たち。西方の、武骨な職人たち。ザターラの、抜け目のない商人たち。そして、森の静寂を纏う、気高きエルフたち。彼らの視線はただ一点、館のバルコニーへと注がれていた。
やがて、教会の鐘とは違う、温かく、澄み切った盟約の鐘の音が、街中に響き渡る。
それを合図に、バルコニーに、一人の青年が姿を現した。
父から受け継いだ、威厳に満ちた領主のマントをその身に纏い、黒鉄の鎧とは違う、王としての覚悟をその蒼い瞳に宿した、アルフォンス・ライナス。
彼の両脇には、聖女ミカエラと、賢者ローランが静かに控えている。
地鳴りのような歓声と、惜しみない拍手。
アルフォンスは、その全てを、その身に受け止めると、静かに、その手を掲げた。
広場が、水を打ったように、静まり返る。
新たなる時代の、最初の言葉を、誰もが待っていた。
#### 王の最初の言葉
アルフォンスは、集まった人々の、希望と、不安と、期待が入り混じった顔を、一人ひとり、見つめた。そして、彼は、弟がしたであろうやり方とは全く違う、しかし、彼にしかできない、朴訥で、どこまでも誠実な言葉で、語り始めた。
「……俺は、難しいことは言えん」
その、あまりにも正直な第一声に、人々は、思わず息を呑んだ。歴代の王侯貴族が紡いできた、美辞麗句に満ちた演説とは、あまりにもかけ離れていたからだ。
「この陽だまりの街も、今日ここに皆が集まれたのも、全ては、俺のたった一人の弟、アークが、その命を懸けて夢見た、小さな奇跡から始まった。あいつは、創造主だ。何もない場所に、温かい家を建て、腹いっぱいの飯を創り、そして、俺たちの心に、希望という名の陽だまりを灯してくれた」
彼は、一度、言葉を切った。その瞳には、弟への、あまりにも深い愛情と、絶対的な誇りが宿っていた。
「俺は、あいつのようにはなれん。俺に、新しい家を建てることはできない。だが!」
彼の声が、力強さを増す。それは、劣等感を乗り越えた、揺るぎない自己肯定の響き。
「俺は、守護者だ。あいつが創ってくれたこの家を、その温かい食卓を、そこに響くお前たちの笑い声を、どんな嵐からも、どんな悪意からも、この身を盾として、守り抜くことができる!」
「今日、俺たちが結ぶのは、ただの紙の上の約束じゃない。血よりも濃い、魂で結ぶ**『家族』**の誓いだ! 南の家族が飢えるなら、俺たちはパンを送る。西の家族の炉の火が消えるなら、俺たちは薪を送る。そして、この陽だまりの家が脅かされるなら、お前たちは、俺たちの背中を守る、揺るぎなき盾となってくれる。そうだろう!?」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
魂を揺さぶる、地鳴りのような歓声。カエランは故郷の未来を思い、その目に熱い涙を浮かべ、ヴォルカンは無骨な職人の顔を誇らしげに歪ませた。
アルフォンスは、その歓声の中心で、一枚の、美しい紙幣――『陽だまりマルカ』を、高々と掲げた。
「これが、俺たちの新しい時代の、誓いの形だ! これは、金じゃない! 南の畑で流された汗、西の工房で燃やされた魂、そして、俺たちの陽だまりに宿る、温かい心。その全てが、この一枚に込められている! 俺たちは、金ではなく、『信頼』で繋がる、世界で最初の、一つの家族になるんだ!」
その、あまりにも熱く、あまりにも真っ直ぐな、若き王の言葉。
それは、どんな美辞麗句よりも、どんな神の教えよりも、強く、深く、そこに集った、全ての人々の魂を、一つに結びつけた。
#### 魂で結ぶ盟約
荘厳な音楽と共に、ローランが、盟約書を恭しく運んでくる。
アルフォンスは、その、新たなる時代の最初のページに、自らの名を、力強く刻んだ。
続いて、カエランが、震える手で、しかし、その瞳に故郷の未来を宿して。ヴォルカンが、職人の誇りを込めて、その節くれだった手で。ディアナが、最高の取引を成立させた、会心の笑みを浮かべて。そして最後に、エルフの長老が、数千年の時を代表する、古の文字で。
南方の若き獅子が、西方の武骨な鉄拳が、ザターラの銀色の月が、そして、千年の森の叡智が。五つの、全く異なる魂が、一つの『陽だまり』の理想の下に集い、歴史上初めて、血ではなく『信頼』で結ばれた、新たなる星座が産声を上げた瞬間だった。
その夜、盟約の館では、盛大な祝宴が開かれた。
セーラが腕によりをかけて創り上げた、大陸中の全ての恵みが一つの皿の上で完璧な調和を奏でる、奇跡の料理。ダグとグンナルが、互いの故郷の酒を酌み交わし、肩を組んで大声で笑っている。フィンとミカエラが、エルフの子供たちに、印刷されたばかりの新しい絵本を読み聞かせている。
そこには、国境も、種族も、身分もなかった。ただ、一つの、巨大な、温かい家族の姿だけがあった。
**その、祝宴が最高潮に達した、まさにその時だった。**
**誰かが、ふと夜空を指差した。「見ろ! 流れ星か……?」**
**だが、それはただの流れ星ではなかった。祝宴の最中、領主の館――アークが眠る部屋の窓が、内側から、一本の、鮮やかな緑色の光を放ったのだ。人々が息を呑んで見守る中、その光は、まるで眠れる主の覚醒が近いことを告げる祝福の狼煙のように、天へと向かって、まっすぐに昇っていった。**
**「……ふふ、お帰りなさい、小さな英雄さん」バルコニーの片隅で、ディアナだけが、全てを理解したように、優雅に微笑んでいた。**
#### 創造主の見る夢
祝宴の喧騒から、そっと抜け出したアルフォンスは、先ほどの緑色の光の正体を確かめるべく、弟が眠る部屋の扉の前に、静かに立った。
そっと扉を開けると、そこに広がっていたのは、これまで以上に、穏やかで、神聖なまでの生命力に満ちた光景だった。
眠るアークの胸の上。そこに、以前よりも一回り大きく、その毛並みが陽と月の輝きを宿したかのように神々しく輝く、見慣れた相棒の姿があった。頭の上の花は、常しえの春を告げるかのように、完璧な形で咲き誇っている。
「……ウル……!」
アルフォンスの、安堵に満ちた声に、ウルはゆっくりと顔を上げた。彼は、眠る主を起こさぬよう、静かにアルフォンスの肩へと飛び移ると、その頬に、一度だけ、感謝と信頼を込めて「きゅいっ」とすり寄ってみせた。まるで、「兄ちゃん、アークのことは、僕に任せて。あなたは、あなたの国を創ることに集中して」とでも言うかのように。
アルフォンスは、その温かい毛玉の感触に、数ヶ月ぶりに、心の底から安堵のため息をついた。
「……ああ、おかえり。これで本当に、俺たちの家族が、全員揃ったな」
彼は、眠る弟と、その傍らに寄り添う相棒を見つめた。その手には、全ての仲間たちの署名が刻まれた、温かい盟約書の写しが握られている。
「見てるか、アーク。お前が夢見た陽だまりは、今日、世界になった。だから、もう、お前が一人で全部背負う必要はねぇ。これからは、俺たちが、お前とお前が創った世界の全てを、守る番だ。……だから、安心して、ゆっくり休めよ。俺の、たった一人の、自慢の弟よ」
その、兄の誓いと、相棒の帰還。二つの、あまりにも温かい奇跡に応えるかのように。
部屋の枕元で、黄金色の光を放つ若葉が、これまでで最も強く、そして、慈愛に満ちた輝きを放った。
そして、その三枚の若葉の中心で。
まるで、兄の言葉に、仲間たちの誓いに、そして、相棒の帰還という最後の祝福に応えるかのように、四枚目となる、ひときわ大きく、力強い黄金色の若葉が、夜明けの光をその身に宿し、ゆっくりと、しかし、確かに、その姿を現したのだ。
部屋全体が、穏やかで、満ち足りた、黄金色の光に包まれる。眠るアークの、雪のように真っ白な髪の上に、その、温かい生命の光が、まるで祝福の冠を戴せるかのように、優しく降り注いだ。
それは、兄が創り上げた新たなる時代の夜明けを、眠れる創造主が、その魂で祝福した、世界で最初の朝日だった。
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