第131話:盟約前夜と、父の涙
#### 陽だまりへの凱旋
『陽だまり連合盟約』の締結式、その前日。
街は、まるで一つの巨大な心臓のように、祝祭を前にした、心地よい興奮と期待に満ちて脈打っていた。
早朝、街の門前には、アカデミーの若き学長フィンに率いられた子供たちが、それぞれの手で作った色とりどりの旗を手に、今か今かと、その到着を待ちわびていた。
やがて、街道の向こうから、三つの、それぞれに異なる紋章を掲げた、壮麗なキャラバンが姿を現した。
南方の若き獅子カエラン。西方の実直なる職人ヴォルカン。そして、中立都市ザターラが誇る、美しき女傑ディアナ・シルバー。新たなる時代の主役たちが、ついに、この約束の地へと集結したのだ。
彼らが、街の門をくぐった瞬間、最初に迎えたのは、軍隊の整然とした敬礼ではなかった。
「「「ようこそ、陽だまりの街へ!」」」
子供たちの、雲一つない青空に響き渡る、あまりにも純粋で、あまりにも温かい歓迎の声。そして、セーラ率いる厨房部隊が、長旅の疲れを癒やすために用意した、湯気の立つ温かいスープと、焼きたてのパンの香ばしい匂いだった。
ヴォルカンは、その、あまりにも心のこもった歓迎に、武骨な職人の顔を、ただただ戸惑わせる。カエランは、自らの故郷にも根付かせたいと願う、この陽だまりの文化の神髄に、その目を熱く潤ませた。
そして、ディアナは。彼女は、馬車の中からその光景を眺めると、その美しい唇に、会心の笑みを浮かべた。(素晴らしい……実に素晴らしいわ、アルフォンス様。金貨や宝石では決して買えぬ、人の心の温もり。それこそが、この街が持つ、最大の『資産』。わたくしの投資は、一分の狂いもなかった、どころか……お釣りが来すぎて笑いが止まらないわね)
#### 未来の縮図
その日の午後、アルフォンスは、新たなる王として、賓客たちを自ら案内して回った。
それは、ただの視察ではない。これから彼らが共に創り上げていく、未来の縮図を見せるための、最初の儀式だった。
彼らが最初に訪れたのは、街の心臓部、『盟約の館』。
西方の職人たちが築いた、千年揺るがぬ石の礎。陽だまりの職人たちが育てた、呼吸するかのような木の壁。そして、エルフたちが編み上げた、月光を浴びて輝く、美しい水晶の屋根。
「……馬鹿な。石と木が、これほどまでに完璧に、互いを支え合っているだと……?」
ヴォルカンは、その、あまりにも美しい融合建築を前に、職人としての、これまでの常識の全てを、根底から覆されていた。
アカデミーでは、フィンが、誇らしげに『移動式ミニ印刷機』を披露し、子供たちが、目を輝かせながら、自分たちの手で物語を刷り上げていく様子を見せた。
『陽だまりの湯』では、身分も種族も関係なく、全ての民が、同じ湯に浸かり、裸の付き合いで笑い合っている。
そして、ミカエラの『陽だまりの教会』では、彼女が、かつての異端者であったはずのエルフの子供に、優しく文字を教えていた。
その、あまりにも理想的で、あまりにも温かい光景の数々。
カエランは、アルフォンスの隣で、深く、深く、打ち震えていた。
「……アルフォンス卿。私は、この街で、技術や富以上のものを、見ております。私は、今、**我らが目指すべき、新たなる時代の『魂』の形**を、確かに、この目に焼き付けております」
#### 父の涙、王の戴冠
その夜。
祝祭前夜の喧騒が嘘のように静まり返った、領主の館。
父は、一人、書斎の窓から、魔法の光で煌々と照らされた『盟約の館』を、静かに見つめていた。
その、節くれだった手の中には、二つの宝物が握り締められていた。
一つは、アークが、まだ幼い頃、病気の母のために、生まれて初めて木魔法で彫り上げた、不格好な、小さな木彫りの鳥。
そして、もう一つは、アルフォンスが、明日の式典で身につける、ライナス家の当主の証として、ダグが魂を込めて打ち直した、見事な儀礼剣の柄だった。
(……アーク。お前は、この地に、誰も夢見ることすらできなかった、奇跡の種を蒔いてくれた)
(……そして、アルフォンス。お前は、その種を、俺の想像など遥かに超える、見事な大樹へと、育て上げてくれた)
不器用で、これまで一度も、息子たちの前で涙を見せたことのなかった、厳格な父。その、古木の如き瞳から、一筋、また一筋と、温かいものが、静かに流れ落ちていた。
「……父さん?」
静かに扉を開け、入ってきたのは、明日の重責を前に、最後の教えを乞いに来た、アルフォンスだった。
父は、涙を隠そうともせず、ゆっくりと息子の方へと向き直った。
そして、彼は、壁に飾られていた、ライナス家の当主が、代々受け継いできた、古いが、威厳に満ちた領主のマントを、その手にとった。
彼は、アルフォンスの前に立つと、その、逞しくなった肩に、静かに、そのマントをかけた。
「……アルフォンス」
その声は、父としてのものではなかった。一つの時代を終え、次なる時代へと全てを託す、先代領主としての、厳粛な響きを持っていた。
「もはや、父としてお前に教えることなど、何もない。お前は、とうに俺を超えた。だから、先代領主として、ただ一言だけ命じる。――行け。お前の心が命じるままに、お前の信じる、陽だまりの道を。それこそが、新たなるライナス家の、ただ一つの『理』だ」
それは、あまりにも温かく、あまりにも重い、魂の継承の儀式だった。
アルフォンスは、その肩にかかるマントの重みを、そして、父の涙に込められた、万感の想いを、ただ、固く、固く、受け止めていた。
#### 陽だまりの夜明け
全ての準備は、整った。
父のマントを身に纏い、新たなる王としての覚悟を決めたアルフォンスは、最後に、弟が眠る部屋の扉の前に、静かに立った。
彼は、そっと、扉に手を触れる。その向こうから、弟の、穏やかな寝息と、温かい生命の気配が、確かに伝わってきた。
「……見ていてくれ、アーク」
彼は、夜明け前の、東の空を見据えた。
「明日、俺たちの陽だまりが、世界になる」
その、魂からの誓いの言葉に、応えるかのように。
部屋の枕元で、黄金色の光を放つ若葉が、これまでで最も強く、そして、誇らしげな輝きを放った。
その光の中で、二枚の若葉の中心で。兄が掲げた誓いの松明から、その火を受け継いだとでも言うように、三枚目となる、ひときわ大きく、力強い黄金色の若葉が、夜明けの光をその身に宿し、ゆっくりと、しかし、確かに、その姿を現したのだ。
眠るアークの、雪のように真っ白な髪の上に、その、温かい生命の光が、まるで祝福の冠を戴せるかのように、優しく降り注いだ。
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