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現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~  作者: はぶさん


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第13話:瘴気の森と、か細い鳴き声


アークの直感を信じ、ローランは覚悟を決めた。二人は獣道すら存在しない、森の最深部へと足を踏み入れていく。

そこは、もはやアークが知る「森」ではなかった。

一歩進むごとに、空気が鉛のように重くなっていく。そして、ねっとりと肌にまとわりつくような、冷たい湿り気を感じた。生命の温もりを感じさせた土の匂いは消え、代わりに淀んだ水の腐臭と、嗅いだことのない薬品のようなツンとした異臭が鼻をついた。

木々の姿も、明らかに異様だった。幹は苦悶に身をよじるようにねじ曲がり、葉は黒ずんでいる。地面には苔は生えず、毒々しい紫色の粘菌が不気味な斑紋を描いていた。


「……空気が重い。まるで、巨大な獣の腹の中を進んでいるようだ」

ローランは、常に剣の柄に手をかけ、全神経を研ぎ澄ませて周囲を警戒している。

アークは、この異常事態の正体を肌で感じ取っていた。

(瘴気だ……。森の生命力が、何かに蝕まれて、毒に変わってしまっているんだ)


どれほど歩いただろうか。

不意に、視界が開けた。

広大な円形の空間。その中心にそびえ立つ「それ」を前にして、アークもローランも、完全に言葉を失った。

それは、かつて雲を突き抜け、天の星々と語らったであろう、神話の時代の**『世界樹』**の残骸だった。幹は黒く炭化し、枝はそのほとんどが折れ、力なく垂れ下がっている。世界樹全体が、黒紫色の禍々しい瘴気を、まるで血のように流し続けていた。


アークは、世界樹のあまりの痛々しさに胸が張り裂けそうになりながらも、その根元に必死に目を凝らした。

巨大な根が絡み合う中心。まだ生命力を保っている僅かな若葉に守られるように、小さな影がうずくまっていた。


「……何か、いる」


二人は、吸い寄せられるように、ゆっくりと世界樹の骸へと近づいていく。

影の正体は、苔や若葉のような、ふわふわの毛に覆われた、小さな子熊の姿をした妖精だった。だが、その毛並みは艶を失って色褪せ、ところどころが黒く変色してしまっている。ぐったりと地面に身を横たえ、か細い呼吸だけが、かろうじてそれが生きていることを示していた。

その子熊の周囲には、何本ものポイズン・ヴァインが、最後の城壁のように力なく張り巡らされている。


アークが、子熊にもう一歩近づこうとした、その時。

残っていたポイズン・ヴァインが、最後の力を振り絞り、威嚇するように鎌首をもたげた。

ローランが剣を抜き放つが、アークはそれをそっと手で制した。


「大丈夫だよ。僕は、この子を助けに来たんだ。君たちの仲間だよ」


アークの手のひらから、穏やかな新緑の光が、泉のように溢れ出す。

それは、ただ魔力を光らせただけの、技術の光ではない。自然と共生する持続可能な世界を夢見た、前世の男の魂そのものから発せられる、「生命を育む創造の魔法」の、温かく、清浄な本質の輝きだった。


光に触れたポイズン・ヴァインの動きが、ぴたりと止まる。やがて、蔓は自らの意志で、アークのために道を譲るかのように、ゆっくりと左右に分かれていった。

アークはついに、弱りきった子熊の妖精の前に膝をついた。


アークの指が、そのか細い体に触れた、瞬間。

脳のダムが決壊したかのような、凄まじい衝撃。音ではない、魂に直接叩きつけられる、感情と記憶の奔流が、アークの意識を飲み込んだ。

『苦しい』『母様が、死んでしまう』『探して』『見つけて』『生命の力を、与えられる人を』『お願い』『このままでは、森の全てが、死んでしまうから』……。

それは、この小さな妖精――**ウル**の、悲痛な心の叫び。


同時に、アークの温かい魔力に触れたウルの意識にも、奇跡が起きていた。

ウルは、その魔力の中に、探し求めていた希望の光を見た。

自分と、母である世界樹を蝕む、死の瘴気を浄化できる唯一の力。

『――見つけた』

ウルの魂が、歓喜の声を上げた。


アークは迷わなかった。自らの体内の魔力を、惜しむことなく、その小さな体へと注ぎ込んでいく。

目に見える変化が、現れ始めた。

黒く変色していたウルの毛が、その先端から、鮮やかな若葉色を取り戻していく。固く閉ざされていた、頭の上の小さな花の蕾が、ほんのわずかに、一ミリほど、綻んだ。


「……っ」

魔力を注ぎ終えたアークは、激しい疲労と目眩でふらつき、その場に手をついた。

だが、ふと気づく。彼とウルの周囲、半径一メートルほどの地面だけ、あの毒々しい紫色の粘菌が消え、黒々とした健康な土の色が、僅かに顔を覗かせている。

確かな奇跡の証拠に、アークの顔には、満ち足りた、心からの笑みが浮かんでいた。


ウルが、おぼつかない仕草で、ゆっくりと顔を上げた。

そして、アークの深緑の瞳を、濡れたように澄んだ、漆黒の瞳で見つめ返す。


「…………きゅぅ」


感謝と、安堵と、そして、ようやく出会えたことへの喜びが入り混じった、か細く、しかし、確かな鳴き声。


瀕死の世界樹の根元で、世界樹の分霊と、世界を救う力を持つ少年が、出会った。

辺境の森の中心で、二つの魂が共鳴し、世界を変えるための、最初の物語が、今、静かに始まった。


***


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