第128話:未来を創る槌音と、最初の盟約
#### 異文化の槌音
『陽だまり連合盟約』の締結を宣言してから、数日が過ぎた。
陽だまりの街は、一月後に迫った大陸史上初の祭典に向けて、これまでにない熱気と、創造の喜びに満ち溢れていた。
その熱気の中心は、街の東側に新しく設けられた、広大な建設予定地だった。各国からの代表団を迎えるための、壮麗な『盟約の館』を築くための場所だ。
だが、その朝、現場の空気は、熱気よりもむしろ、二つの異なる誇りがぶつかり合う、激しい火花に満ちていた。
「だから、話にならんと言っておるのだ!
これほどの規模の建物の基礎は、寸分の狂いなき石組みで固めるのが常識だ!
木の根なんぞ、数十年で腐って終わりだろうが!」
西方の職人公国が誇る、頑固一徹の鍛冶師長グンナルが、その鋼のような腕を組んで怒鳴る。
その、あまりにも正論な『石と鉄の理』に、陽だまりの街の工房を束ねるダグが、一歩も引かずに言い返した。
「へっ、百年も前の考え方だな、西の頑固爺!
木は呼吸し、成長し、大地と共に強くなる!
アーク様の教えは、ただの木組みじゃねぇ!
大地そのものを、建物の礎とする、生きた建築なんだよ!」
二人の巨匠の、決して交わることのない議論。それは、旧時代の常識と、アークがもたらした新時代の奇跡がぶつかり合う、この世界の縮図そのものだった。
その、一触発の空気の中心に、若き代理領主アルフォンスが、ゆっくりと歩み出た。
「……どちらの言い分も、正しい」
アルフォンスの、静かだが、揺るぎない声に、全ての職人たちが、その手を止めて振り向いた。
「グンナル師の言う通り、盟約の館には、千年先まで揺るがぬ強さが必要だ。そして、ダグの言う通り、この館には、我らが陽だまりの魂、生命の温もりが宿らなければならない」
彼は、二人の巨匠の目を、真っ直ぐに見据えた。
「俺は、弟のような、奇跡の設計図は描けん。だが、俺は、この館が何のためにあるのかを知っている。この館は、ただの建物じゃない。俺たちの、新しい時代の『誓い』そのものだ。――だからこそ、頼む。グンナル師の千の技と、ダグの万の知恵。旧き時代の『頂点』と、新しき時代の『始まり』。その二つが、この場所で融合してこそ、我らが目指す、未来永劫揺るがぬ『誓い』の館が生まれるのだ。これは、俺からの、ただの頼みじゃない。この街の未来を預かる者としての、最初の『願い』だ」
その、あまりにも誠実で、あまりにも真っ直ぐな、若きリーダーの言葉。
グンナルとダグは、互いの顔を見合わせると、しばしの沈黙の後、まるで示し合わせたかのように、同時に、不敵な笑みを浮かべた。
「……ふん。面白い。王の願いとあらば、このグンナル、生涯最高の石を積んでみせよう」
「へっ、望むところだ!
西の頑固爺に、生きてる木との真剣勝負のやり方を、教えてやらぁ!」
二つの、全く異なる文化の槌音が、初めて、一つの完璧な和音となって、陽だまりの空に、高らかに響き渡った。
#### 最初のインク
その、力強い槌音が響く工房を遠くに聞きながら、領主の館の書斎では、もう一つの、静かなる創造が進められていた。
巨大な机の上に広げられた、一枚の、雪のように真っ白な『ライナス和紙』。
それを前に、老賢者ローランが、羽根ペンを手に、深く、深く、瞑目していた。
彼の脳裏には、これまでの人類の歴史が、まるで走馬灯のように駆け巡っていた。血で結ばれ、血で洗われた、数多の偽りの盟約。インクが乾かぬうちに、その価値を失っていった、空虚な言葉の羅列。
(……だが、今回は違う)
彼の心に浮かぶのは、偉大なる創造主と、その意志を継いだ、気高き若き王の姿。
(我らが記すべきは、ただの法や規則ではない。あの兄弟が紡いだ『陽だまりの心』そのものを、未来永劫、失われぬ言葉として、この紙に刻むのだ)
「……ローラン殿」
静かに声をかけたのは、ミカエラだった。彼女は、ローランの葛藤を、その清らかな魂で感じ取っていた。
「私も、お力添えをさせてください。私が生涯をかけて学んだ教会の法は、多くが、人を縛り、裁くための、冷たい鋼の理でした。ですが、アーク様と、アルフォンス様が守り抜いたこの街が教えてくれたのです。真に聖なる理とは、人を赦し、未来を照らす、陽だまりの温もりの中にこそあるのだ、と」
彼女は、ローランの隣に立つと、静かに、しかし、揺るぎない声で、言葉を紡ぎ始めた。
「この盟約は、加盟国の富を守るだけのものであってはなりません。その富を、まだ光の届かぬ、苦しむ人々を救うために使う、慈愛の条項こそが必要です。それこそが、陽だまりが、ただの豊かさではない、真なる『聖域』であることの証明となるでしょう」
その、あまりにも気高い言葉に、ローランは、目を見開いた。
そして、彼は、ゆっくりと頷くと、震える手で、羽根ペンをインク壺へと浸した。
全ての迷いが、晴れた。
彼は、歴史の証人として、そして、新たなる時代の最初の記録者として、その、記念すべき第一行を、紙の上へと、静かに、しかし、力強く、刻み始めた。
『――我らは、血でも、土地でもなく、互いの手の温もりと、未来への希望を信じ、ここに集う……』
#### 陽だまりの厨房
その日の夕刻。
領主の館の厨房は、この街で最も熱く、最も幸福な戦場と化していた。
「違う、違うよ!
南方の香辛料の力強さには、西の岩塩の、もっと繊細な塩味が合うはずさね!」
料理長セーラが、大陸中から集められた、最高の食材を前に、目を輝かせながら、若き料理人たちに檄を飛ばしている。
盟約締結の日に開かれる、大晩餐会。そのための、メニュー開発。それは、彼女にとって、生涯最高の舞台だった。
「セーラ姉ちゃん、味見!」
ひょっこりと顔を出したのは、アカデミーでの授業を終えたフィンだった。
「こら、つまみ食いじゃないよ!」
セーラは笑いながら、試作中の、黄金色のソースを絡めた肉料理の小片を、彼の口へと放り込んでやる。
「んんっ!
美味しい!
なんだこれ、初めての味だ!」
「当たり前さ」セーラは、誇らしげに胸を張った。「北の俺たちの肉料理に、南のカエラン様が送ってくれたハーブと、西のグンナルさんたちが故郷から持ってきた岩塩、そして、ディアナ様の所の珍しい果実酒を加えてみたんだ。どうだい、最高の味だろう?」
フィンは、その、口の中に広がる、複雑で、しかし完璧に調和した味わいに、目を丸くした。
「……すごいよ、セーラ姉ちゃん。北の力強さも、南の優しさも、西の奥深さも、全部入ってるのに、一つも喧嘩してない!
それどころか、全部が合わさって、もっと、もっと美味しくなってる!
まるで、今のこの街そのものみたいだ!」
その、あまりにも的を射た、無邪気な言葉に、セーラは、一瞬きょとんとした後、心の底から楽しそうに、腹を抱えて笑った。
「はっはっは!
うまいこと言うじゃないか、フィン坊!
そうさ、最高の盟約には、最高の料理がなくっちゃね!
見てな、あいつらの度肝を抜く、世界一のフルコースを、この私が作ってやるからさ!」
未来を創る、力強い槌音。未来を記す、静かなるペンの音。そして、その未来を祝う、温かい厨房の賑わい。眠れる創造主が夢見た『陽だまり』は、今や、残された者たちの手によって、彼自身の想像すら超える、力強く、そしてどこまでも優しい交響曲を奏で始めていた。
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