第125話:陽だまりの凱旋と、眠れる創造主
#### 偽りの神殿の崩壊
静寂。
全ての元凶であった枢機卿ベネディクトゥスが、自らが創り上げた偽りの聖域に抱かれ、永い眠りについた。
アークが、その魂の全てを懸けて創り上げた、あまりにも美しく、あまりにも温かい地下の聖域。その中心で、兄の腕に抱かれたまま、雪のように真っ白な髪の少年は、満足げな、穏やかな寝息を立てていた。
「……アーク!」
アルフォンスの、魂からの叫びが響く。だが、その声に応える者はいない。
その、瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……!
主を失い、その心臓部を生命の理に書き換えられた大聖堂が、その存在意義を失ったとばかりに、断末魔の叫びを上げて崩壊を始めた。天井から、巨大な瓦礫が、次々と落下してくる。
「――行きますぞ、アルフォンス様!」
ミカエラは、自らの過去との決別を告げるかのように、崩れゆく偽りの神殿に一瞥もくれることなく、アルフォンスの肩を強く叩いた。
「彼が、命を懸けて守り抜いた『未来』を、今度は、我らが、陽の光の下へと、連れ帰るのです!」
アルフォンスは、弟の、あまりにも軽く、しかし、この星の未来そのものよりも重い体を、その逞しい腕で、決して離すまいと、固く、固く抱きしめ直した。
三人の英雄は、アークが創り出した『生命の道』を、今度は、絶望に沈む王都を救うための、希望の光そのものとなって、駆け抜けていった。
彼らが、大聖堂から完全に脱出した、その直後。
数千年の長きにわたり、恐怖と偽りの秩序で世界を支配してきた巨大な白亜の殿堂は、地響きと共に、ゆっくりと、しかし、抗いようもなく、自らの重みに耐えきれず、内側へと崩れ落ちていった。
#### 世界が、息を吹き返す
その、崩壊の槌音は、新たなる時代の、始まりの鐘の音だった。
大聖堂が崩れ去った、その瞬間。
大陸全土を覆っていた、あの、冷たい『嘆きの雨』が、まるで嘘のように、ぴたりと、止んだのだ。
分厚い灰色の雲が、奇跡のように割れ、そこから、数週間ぶりに、温かい、黄金色の『太陽の光』が、地上へと降り注いだ。
南方の穀倉地帯で、絶望に膝を折っていた農夫が、ふと、その光に顔を上げる。西方の職人公国で、生きる意味を見失っていた職人が、その手に握りしめていた槌に、温かい光が反射しているのに気づく。
光は、ただ、暖かいだけではなかった。それは、魂を蝕んでいた、冷たい呪詛を、優しく溶かし、洗い流していく、生命そのものの輝きだった。
人々は、理由もなく、ただ、その温かい光を浴びて、涙を流した。それは、絶望の涙ではない。失いかけていた『明日』が、再び、その手の中に戻ってきたことへの、あまりにも純粋な、歓喜の涙だった。
そして、大陸の、三つの場所で。
カエランが、フィンが、そして、名もなき吟遊詩人たちが灯した、小さな『希望の灯台』が、その太陽の光に呼応し、これまでにない、力強い生命の輝きを、天へと放った。
その光を見た人々は、確信した。
この奇跡は、神の気まぐれなどではない。名も知れぬ、しかし、どこまでも気高い英雄たちが、自分たちのために、世界の闇と戦い、そして、勝利したのだ、と。
#### 陽だまりへの凱旋
数週間後。
陽だまりの街は、歴史上、最も温かく、最も喜びに満ちた喧騒に包まれていた。
街の入り口には、老いも若きも、人間もエルフも、全ての住人が集まり、英雄たちの帰還を、今か今かと待ちわびていた。
やがて、街道の向こうから、見慣れた、三つの影が見えてくる。
その中心で、黒鉄の鎧を纏った兄が、その腕に、雪のように真っ白な髪の弟を、大切そうに抱きかかえている姿を認めた、その瞬間。
地鳴りのような、割れんばかりの歓声が、辺境の空に響き渡った。
「――おかえりなさい!」
「アーク様!」「アルフォンス様!」「ミカエラ様!」
母が、駆け寄る。彼女は、眠る次男の、そのあまりにも穏やかな寝顔と、その全ての苦しみを物語る、雪のように真っ白な髪を、震える手で、そっと撫でた。
「……おかえりなさい、アーク。……よく、頑張ったわね」
父は、何も言えなかった。ただ、その無骨な手で、世界の全てを救い、そして、その代償を一身に背負った、あまりにも偉大な次男の体を、そっと支える、長男の肩を、これ以上ないほどの誇りを込めて、強く、強く、叩いた。その一打一打に、これまで言葉にできなかった、長男の逞しい成長への驚きと、この村の未来をその双肩に背負う、新たなる領主への絶対的な信頼が、確かに込められていた。
その夜、アークは、自らが生まれ育った、領主の館の、一番、陽当たりの良い部屋で、静かに眠りについていた。
その枕元には、仲間たちが、彼のために持ち帰った、たった一つの戦利品が、飾られていた。
『嘆きの人形』が、最後に遺した、一輪の、小さな白い野花。それは、アークが救い出した、数千の魂からの、感謝の贈り物だった。
そして、その胸の上では、小さな相棒ウルが、主の、穏やかな心音に耳を澄ますように、幸せそうに、丸くなっていた。
#### 眠れる創造主と、守護者たちの誓い
アークが眠りについて、一ヶ月が過ぎた。
彼の容態は、驚くほど安定していた。ただ、あまりにも深く、あまりにも穏やかな眠りに、ついているだけだった。
その日、書斎には、新たなる時代の、最初の評議会が開かれていた。
アルフォンス、ローラン、ミカエラ、ディアナ、エルフの長老、ダグ、セーラ……。アークが創り上げた、全ての仲間たちが、そこにいた。
「――教会は、その権威を完全に失墜させましたわ。ですが、力が失われた場所には、必ず、新たな混沌が生まれるもの。大陸は、今、まさに、新たなる時代の『価値観』を求め、揺れ動いています」
ディアナの、冷静な分析が響く。
その言葉に、アルフォンスが、静かに立ち上がった。
その姿は、もはや、ただの英雄ではない。偉大なる弟の意志を継ぎ、その不在の世界を守り抜くことを決意した、若き『王』の風格をまとっていた。
「アークが、目を覚ました時。あいつに、がっかりさせたくないからな」
彼は、集った、かけがえのない仲間たちを、一人ひとり、見つめた。
「あいつが、命がけで創ってくれた、この温かい陽だまりを、今度は、俺たちが、守り、そして、育てていく番だ。……力を貸してくれるか、みんな」
その、あまりにも力強く、あまりにも誠実な、若き王の言葉に、異を唱える者など、誰一人としていなかった。ディアナは『契約の木』を通じて「最高の投資先を見つけた、わたくしの目に狂いはありませんでしたわ」と不敵な笑みを送り、ダグは「おうよ!
お前のための、最高の『王の剣』を、この俺が打ち上げてやらぁ!」と力強くその拳を打ち鳴らし、ミカエラは「この身、この剣、あなたの陽だまりのために」と静かに、しかし、揺るぎない覚悟で頷き返した。ローランも、セーラも、エルフの長老も、誰もが、その目に同じ光を宿し、新たなるリーダーの誕生を、心から祝福していた。
アルフォンスは、そっと、弟が眠る部屋の窓を見上げた。
(……見てろよ、アーク)
彼の心に、弟が、最後に遺した言葉が、鮮やかに蘇る。
『――この、豊かすぎる世界のための、新しい『幸福』の設計図を、描く時間を』
アルフォンスは、不敵に、そして、どこまでも優しく、笑った。
「お前が目を覚ますまで、この世界で一番、面白くて、温かい物語を、俺たちが紡いでおいてやるさ」
彼は、仲間たちと共に、新たなる時代の、その最初のページを、力強く、めくった。
その、同じ時刻。
眠り続けるアークの枕元で。
あの、白い野花が、まるで、兄の誓いに応えるかのように、その花弁を、ほんの少しだけ、綻ばせた。
そして、その花の中心から、一本の、とても小さな、しかし、確かな意志を持つ、**黄金色の新しい芽**が、希望の光のように、静かに、顔を覗かせていた。
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最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。
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