第121話:神の門と、三つの誓い
#### 陽だまりの道
王都は、泣いていた。
だが、その灰色の絶望を、一本の黄金色の道が、まるで聖なる剣のように、まっすぐに貫いていた。
アークが創り出した『生命の道』。その上だけは、嘆きの雨は決して届かず、道端に咲く光の花々が、希望の香りを放っている。
その道を、三つの影が、静かに、しかし、揺るぎない足取りで進んでいく。
先頭に立つのは、雪と金が混じり合った髪を風になびかせる、創造主アーク。
その右後方には、黒鉄の鎧に身を包み、古の戦斧を携えた、英雄アルフォンス。
そして、左後方には、白銀の聖剣を手に、自らが信じた偽りの神殿に、最後の審判を下さんと決意した、聖女ミカエラ。
彼らが、大聖堂の巨大な正面扉の前にたどり着いた時、王都中の全ての鐘が、まるで侵入者を威嚇するかのように、一斉に、狂ったように鳴り響き始めた。
扉は、高さ数十メートルはあろうかという、巨大な白亜の石造り。その表面には、八柱の精霊の荘厳なレリーフが刻まれ、神の威光そのものと言うべき、冷たく、絶対的な拒絶のオーラを放っていた。
「……道を開けろ」
アルフォンスが、その重い扉に向かって、低く、言い放った。
返事は、ない。
「聞こえねぇのか! 俺の弟が、弔いに来てやったんだぜ!」
アルフォンスは、雄叫びを上げると、その手に握るドワーフアックスを、渾身の力で、扉へと叩きつけた。
**ゴウウウウウウウウウンッ!**
だが、響き渡ったのは、破壊音ではなかった。まるで、古の鐘を打ったかのような、どこまでも澄んだ、しかし、アルフォンスの腕を根元から痺れさせる、神聖な反響音。
扉には、傷一つついていなかった。
#### 聖別の門番
その、瞬間だった。
扉の両脇に佇んでいた、二体の、偉大なる聖人の石像が、ゴゴゴゴゴ……と、その姿を、変貌させ始めた。
石の表面が、まるで卵の殻のようにひび割れ、その内側から、純白の光と共に、二体の、神々しいまでの鎧の騎士が、姿を現したのだ。
その鎧は、寸分の隙もなく、まるで第二の皮膚のように、その肉体と融合している。その瞳があるべき場所には、ただ、神の教えだけを映す、感情のない、冷たい蒼い光が灯っていた。
教会の教えを守るためだけに存在する、魂なき守護者。枢機卿が誇る、最強の門番**『聖別の番人(ガーディアン・オブ・サンクティフィケーション)』**。
一体が、ミカエラの姿を認め、その、感情のない、まるで石と石が擦れ合うかのような声で、静かに告げた。
『――罪人ミカエラ。神の光を裏切り、異端の温もりに堕ちた、憐れな魂』
もう一体が、アルフォンスを、値踏みするように見据えた。
『――人の子アルフォンス。偽りの物語に魂を売った、傲慢なる骸』
そして、二体の視線が、中央に立つアークへと注がれる。
『――そして、全ての元凶。世界の理を乱す、最も悍ましき、異端の根源』
『神の門は、汝ら不浄なる者が通ることを許さぬ。我が聖別の刃を以て、その魂ごと、浄化する』
二体の番人は、寸分違わぬ動きで、その手に、光そのものでできた長剣を構えると、音もなく、二人へと襲いかかった。
#### 魂なき円舞
戦いは、もはや人の領域ではなかった。
アルフォンスの、荒々しくも力強い斧の一撃を、一体がいなし、その隙を、もう一体が、死角からミカエラの心臓を狙う。ミカエラの、流麗な剣技がそれを弾けば、今度は、アルフォンスの背後に、回り込んでいる。
二体の動きは、完璧に、連携していた。それは、まるで、一つの魂が、二つの肉体を、同時に操っているかのようだった。
「くそっ……! 動きが、読めねぇ!」
アルフォンスの焦りの声が響く。彼らが相手にしているのは、戦士ではない。ただ、殺戮のためだけに最適化された、完璧な**『論理』**そのものだった。
「……ミカエラ!」
「はい!」
二人の英雄は、背中合わせになると、互いの死角を補い合い、この、魂なき円舞に、必死に食らいつく。
だが、番人の猛攻は、止まない。じりじりと、確実に、二人は追い詰められていった。
#### 創造主の鍵
その、熾烈な攻防を、アークは、静かに見つめていた。
彼の視界には、もはや、兄も、ミカエラも、そして番人たちすらも映っていない。
彼の、二色の瞳は、この大聖堂そのものを、一つの巨大な**『魔法回路』**として、その設計図を、逆解析していた。
アークは、静かに、その場に膝をつくと、自らが創り出した『生命の道』の、黄金色の根に、そっと、その掌を置いた。
「――君たちの家は、僕の庭の上に、建っているんだよ」
アークの魂が、黄金色の根を通じて、大聖堂の、その巨大な礎の、さらに深淵へと、潜っていく。
そして、見つけた。
この偽りの神殿の、全ての魔力を司る、巨大な**『心臓部』**を。
「礼儀を尽くして、正面から挨拶に来たんだ。……返事くらい、してくれてもいいだろう?」
「**『聖域の乗っ取り(サンクチュアリ・ハイジャック)』**!」
アークの意志が、大聖堂の心臓部を、ハッキングした。
次の瞬間、大聖堂全体が、悲鳴を上げたかのように、一度だけ、大きく揺れた。
これまで、神聖な黄金色の光を放っていた、扉のルーン文字が、一斉に、明滅を始める。そして、その光は、次第に、穏やかで、温かい**『生命の緑色』**へと、その色を、変えていった。
「――今だ!」
アークの叫び。
その瞬間、二体の番人の、完璧だった動きが、明らかに、乱れた。
その、神が与えたもうた、たった一瞬の好機を、二人の英雄は見逃さない。
「「――おおおおおおおおっ!!」」
アルフォンスの、大地を砕く剛の斧が、一体の守護者の胴を薙ぎ払う。
ミカエラの、天光を束ねた柔の剣が、もう一体の守護者の首を穿つ。
力と技、大地と天光。二つの、相反する、しかし、どこまでも気高い理が、寸分の狂いもなく交差し、二体の番人を、同時に、光の塵へと、粉砕した。
静寂。
そして、これまで、固く閉ざされていた、巨大な神の門が。
まるで、真の主人の帰還を歓迎するかのように、ギギギギギ……と、荘厳な音を立てて、内側へと、ゆっくりと、開かれていった。
三人の英雄は、その先に広がる、どこまでも続く、薄暗く、そして、冷たい聖堂の闇を、見据えた。
「……行こう」
アークが、静かに告げた。
「僕らの、最後の仕事を、始めよう」
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