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現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~  作者: はぶさん


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第115話:木の活字と、英雄の譚詩曲

#### 異文化の槌音


『陽だまりの街』に、新たな風が吹き込んでいた。

それは、西から吹く、鉄と石炭の匂いを纏った、無骨で、しかし力強い風。ヴォルコフ侯爵が、その威信をかけて送り込んできた、『西方職人公国』最高の職人たちの一団が、ついにこの地に到着したのだ。


彼らを率いるのは、グンナルと名乗る、壮年の鍛冶師長だった。その顔には、千の槌を振るい、万の鉄を屈服させてきた者だけが持つ、絶対的な自負と、揺るぎない頑固さが、深い皺となって刻まれている。

彼らは、陽だまりの街の、全てに驚愕した。石ではなく、生きた木が、意志を持つかのように絡み合い、美しい街並みを形成している。人々の間に、身分の隔たりが見られない。そして何より、この街の全てを設計したという『創造主』が、まだ十歳の、あどけなさの残る少年であるという事実に。

「……ふん。木と土くれでままごと遊びか。ディアナ様も、酔狂なことを」

グンナルは、ダグが案内する工房の、木の温もりに満ちた空気に、隠すことなく不快な色を浮かべた。彼の信じる神は、ただ一つ。炎と、鋼鉄だけだった。


その日、工房には、これまでにない、二つの異なる文化がぶつかり合う、激しい火花が散っていた。

アークが描いた『活版印刷機』の設計図を前に、ダグとグンナル、二人の巨匠が、一歩も譲らぬ議論を戦わせている。

「だからよぉ、ここの梁は、全体の『しなり』を考えて、少し遊びを持たせるべきなんだ! 木は呼吸し、季節と共に僅かに姿を変える。その命と対話し、力を引き出すのが俺たちの仕事だ!」

「戯言を! 機械とは、寸分の狂いなき精度こそが命だ! 全ては、設計図通り、ミリ単位で組み上げるべき! 貴様の言う『対話』とは、ただの勘頼りの仕事、怠慢に過ぎん! 鋼鉄は、決して嘘をつかん!」


だが、二人が直面した、最大の壁。それは、印刷の心臓部となる、数万個もの**『活字』**の製造だった。

「不可能だ」

グンナルは、設計図を、指先で弾いて断言した。「木のブロックから、これほど小さく、完全に同一の文字を、数万個も削り出すなど。我が国の最高の職人を百人集めても、数十年はかかる。話にならん。活字とは、溶かした鉛を鋳型に流し込むもの。常識だ」

その、あまりにも正論な、職人としての言葉。ダグですら、ぐうの音も出ず、悔しげに唇を噛み締めるしかなかった。


#### 創造主の鋳造


「――常識、ですか。面白いですね」

その、絶望的な沈黙を破ったのは、二人の巨匠の議論を、静かに聞いていたアークの、穏やかな声だった。

「グンナル師。あなたの言う通り、精度は、絶対です。そして、ダグさんの言う通り、木には、鉄にはない『魂』がある。……だったら、その両方を、僕が、今、ここで実現させてみせましょう」


アークは、工房の隅から、一本の『鉄鋼樹』の枝を取り出すと、その場で、一つの、完璧な「あ」という文字のブロックを、魔法で削り出した。それは、グンナルが目を見張るほどの、完璧な精度を持つ**『原版マスターブロック』**だった。

次に、彼は、ただの、何の変哲もない鉄鋼樹の木片を手に取ると、その原版に、そっと重ね合わせた。

そして、その二つを、両手で、優しく包み込む。


「**『生命的鋳造リビング・キャスティング』**!」


アークの魔力が、二つの木片の間を、まるで溶けた金属のように、満たしていく。

次の瞬間、信じられない光景が、職人たちの目の前で繰り広げられた。

ただの木片だったはずの下のブロックが、まるで意志を持つ粘土のように、その姿を蠢かせ始めたのだ。そして、上の原版の形を、寸分の狂いもなく、完璧に**『複写』**していく。

それは、鋳造ではなかった。アークの意志という名の『鋳型』に、木そのものが、自らの細胞を変化させ、適合させていく、生命そのものの神秘。

ほんの数十秒後。アークが手を開いた時、そこには、全く同じ、完璧な「あ」の活字が、二つ、並んでいた。


「……神の、御業だ……」

(鋳造は、死んだ金属を型に流し込むだけの作業。だが、これは…生きている木が、自らの意志で、完璧な形へと『生まれて』くる…! 俺は、今日まで、ただの死体を弄んでいたに過ぎなかったというのか…!)

**(鋳造は、死んだ金属を型に流し込むだけの作業。だが、これは…生きている木が、自らの意志で、完璧な形へと『生まれて』くる…!俺は、今日まで、ただの死体を弄んでいたに過ぎなかったというのか…!)**職人としての絶望と、それを遥かに上回る、未知なる創造の可能性への歓喜。二つの相反する感情に打ち震えながら、彼は、ゆっくりとアークの前に進み出ると、その泥と汗にまみれた額を工房の床に擦り付け、深く、深く、頭を下げた。

「……若き、創造主よ。我が、生涯の不明を、どうか、お許しくだされ。このグンナル、もはや、鋼鉄の神ではなく、あなたの、その偉大なる『木の理』に、この魂の全てを捧げましょう」

それは、西方の、最も誇り高き職人が、その生涯で初めて、自らの理を超える『神』を見出した、歴史的な瞬間だった。


#### 英雄の譚詩曲


その日から、工房の槌音は、一つの、完璧な交響曲となった。

アークが生み出す、無限の活字。それを、ダグとグンナルが、互いの技術を認め合い、最高の形で組み上げていく、鋼鉄と木が融合した、美しい印刷機。

そして、数週間後。

ついに、陽だまりの街に、世界で最初の、奇跡の機械が、産声を上げた。


工房には、全ての仲間たちが、固唾を飲んで集まっている。

「……何を、最初に刷るんだ、アーク」

アルフォンスの問いに、アークは、悪戯っぽく笑うと、ローランと共に、ここ数週間、夜なべして準備してきた、版下を差し出した。

そこに記されていたタイトルを見て、アルフォンスは、絶句した。


『――**陽だまりの騎士の譚詩曲バラッド**』


「……よせやい、馬鹿! 俺の、あの戦いが、本になるってのかよ!?」

顔を真っ赤にしてうろたえる兄を、仲間たちが、温かい笑い声で包む。


最初のページが、印刷機にセットされる。

フィンが、緊張した面持ちで、アークに教わった通り、インクを塗り、グンナルが、その完璧な手つきで、圧力をかけるためのハンドルを回した。工房に集った誰もが、固唾を飲んで見守る、絶対的な静寂。その中で、ギギギギギ……と、新しい時代が産声を上げるかのような、心地よい軋み音だけが響き渡った。

やがて、アークが、その記念すべき、最初の一枚を、静かに剥がした。


そこには、雪のように白い紙の上に、黒々としたインクで、寸分の狂いもなく刻まれた、美しい文字と、一枚の挿絵があった。

黒鉄の鎧を纏った、一人の騎士が、その身を盾とし、巨大な、猛禽の如き敵将の前に、敢然と立ちはだかる、英雄の姿。

アルフォンスは、その、あまりにも美化され、あまりにも英雄的に描かれた自分の姿に、言葉を失い、ただ、その頬を熱く染めていた。その光景を微笑ましく見つめながら、アークは心の中でそっと呟く。

(君がいたら、この新しい物語の誕生を、誰よりも喜んでくれただろうな、ウル)。

(こんな、大げさな……。だが、もし、この一枚の紙が、フィンみたいな子供に、誰かを守るための勇気を、ほんの少しでも与えられるのなら……。英雄というのも、悪くない、か)


アークは、その、歴史の最初のページを、フィンへと、そっと手渡した。

「これが、僕らが創る、最初の物語だよ、フィン。この一枚の紙が、これから、世界中の子供たちに、勇気とは何か、誰かを守ることの尊さを、教えてくれる。僕らは、ただ本を作るんじゃない。**未来の英雄を、育てるんだ**」


インクの、真新しい匂い。紙の、温かい手触り。そして、そこに刻まれた、仲間への、揺るぎない誇り。

陽だまりの街で産声を上げた、たった一枚の紙切れ。

それは、やがて、世界の価値観を、歴史を、そして、人々の心の在り方そのものを、根底から塗り替える、文化という名の、静かなる革命の、あまりにも力強い、最初の狼煙だった。


***


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