第101話:創造主の手と、世界で最初の朝日
世界の天井、『星見の頂』。
その、絶対的な静寂の中で、最後の儀式が、始まろうとしていた。
星竜は、その神々しい頭を垂れ、新たなる神の誕生を、静かに見守っている。アルフォンス、ミカエラ、ローラン、仲間たち全員が、アークを囲むように、揺るぎない守りの陣を敷いていた。
アークは、仲間たちに一度だけ、力強く頷くと、祭壇――『星の揺り籠』へと、一人、進み出た。
彼の両手に、光と闇の全てを内包した、一つの、完璧な**『陰の世界樹の種子』**が、まるで心臓のように、穏やかに脈打っている。
彼は、その種子を、まるで愛しい我が子をそっと寝かしつけるかのように、水晶の揺り籠の中心へと、恭しく置いた。
そして、その揺り籠に、自らの両手を、そっと、触れた。
彼が注ぎ込むのは、もはや、ただの魔力ではない。
彼が、この世界で生きてきた、その魂の記憶、その全て。
病に苦しむ母を救いたいと願った、必死の祈り。
仲間たちと、腹の底から笑い合った、温かい食卓の光景。
兄が、その身を盾として、自らの全てを守り抜いてくれた、あの日の、血と覚悟の匂い。
聖女が、涙の中で、新たなる信仰を見出した、再生の輝き。
彼が愛した、全ての「陽だまり」の記憶を、新たなる世界の、最初の栄養として、その種子へと、惜しみなく、注ぎ込んでいった。
「――目覚めよ」
その、静かなる創造主の言葉に、星が、応えた。
**ゴオオオオオオオオオオオオッ!**
それは、音ではなかった。
世界そのものが、産声を上げたかのような、魂の震動。
種子から、一本の、夜の闇よりも深く、月の光よりも美しい、**黒檀と白銀の苗木**が、天を目指して、芽吹いた。
苗木は、星々の光を貪欲に吸い上げ、瞬く間に、天を突くほどの巨木へと成長していく。
そして、その再生に呼応し、世界の理が、連鎖を始めた。
遥か彼方、エルフの隠れ里で。
アークが遺した『陰の世界樹の分霊』が、主の誕生に共鳴し、力強く成長を始める。月光樹が、これまでで最も強く、優しい光を放った。その光の中で、水晶の眠りについていたエルフたちが、一人、また一人と、その瞼を、ゆっくりと開いていった。数千年の眠りは、終わりを告げたのだ。
そして、アークたちの故郷、辺境の森の奥深くで。
半身を失い、永い涙を流し続けていた、母なる『陽の世界樹』が、その失われた半身の帰還を、感じ取った。
その、黒く炭化していた幹から、全ての瘴気が、光となって浄化されていく。そして、天に向かって、地を揺るがすほどの、**歓喜の咆哮**を上げた。
黄金色の、生命力の奔流が、その幹から、世界中へと放たれた。ウルが、その根元で、母の完全な復活に、ただ、涙を流して喜びの声を上げていた。
白銀の『陰』の波動と、黄金の『陽』の波動。
二つの、世界の理を司る巨大な奔流が、星の大気の中で、初めて、出会った。
それらは、ぶつかり合うことなく、まるで、永い別離の果てに再会した恋人たちのように、どこまでも、どこまでも、優しく、互いを労わるように、絡み合い、そして、一つに溶け合っていった。
その、調和の光が、祝福の慈雨となって、世界中に降り注ぐ。
大地は、より豊かに。水は、より清らかに。空は、より蒼く。
世界は、その日、静かに、そして、確かに、**新生**した。
#### 創造主の眠り
星見の頂で。
最後の光景を見届けたアークは、その魂の全てを使い果たし、糸が切れたように、静かに、その場に崩れ落ちた。
彼の、金と白銀が混じり合った髪は、その役目を終えたとばかりに、完全な、雪のような純白へと変わっていた。
「――アーク!」
真っ先に駆け寄ったのは、兄アルフォンスだった。彼は、眠る弟の、あまりにも穏やかな寝顔を、その逞しい腕で、固く、固く、抱きしめた。
「……やったんだな。お前は、本当に……」
星竜が、その役目を終えた創造主に、最後の一瞥をくれると、深く、敬意に満ちた礼をし、再び、悠久の眠りへとついていく。
#### そして、陽だまりの食卓
――それから、十年後。
かつて、辺境と呼ばれたライナス男爵領は、今や、大陸で最も豊かで、平和な地として、その名を知られていた。
村は、美しい街並みを持つ**『陽だまりの街』**となり、そこでは、人間と、目覚めたエルフたちが、何の隔たりもなく、共に笑い、暮らしている。
かつての『学び舎』は、今や、大陸中から学びの子らが集う、壮麗な**『ライナス・アカデミー』**となった。その若き学長は、逞しく成長した、**フィン**だった。
元『熾天使』**ミカエラ**は、この地に、精霊教会の新たな教え――生命そのものを祝福する『陽だまりの教え』の、最初の教会を建て、多くの民の、心の支えとなっている。
そして、この街の平和を守るのは、兄**アルフォンス**が率いる、人間とエルフの混成部隊**『聖域騎士団』**。彼は、もはや弟の影を追う者ではない。大陸最強と謳われる、気高き英雄として、その名を轟かせていた。
その日の、夕暮れ。
街のはずれにある、一軒の、少し大きな、しかし、どこにでもあるような、温かい家。
その庭にある、美しい黄金色のリンゴの木にかけられた梯子の上で、一人の、雪のように真っ白な髪を持つ青年が、夕陽を浴びて、気持ちよさそうに、昼寝をしていた。
「――アーク! いつまで寝てるの! もうすぐ、ご飯の時間ですよ!」
家の窓から、母の、変わらない、優しい声が響く。
青年――アークは、ゆっくりと目を開けると、「はーい」と、気の抜けた返事をしながら、梯子を降りた。
彼が、家の扉を開ける。
そこには、彼が、命を賭して守り、そして創り上げた、世界の全てがあった。
父と、母、そして、逞しい兄アルフォンス。
食卓を囲むのは、ローラン、ミカエラ、リオン、カエル、フィン、ダグ、セーラ、そして、遥々ザターラから訪れた、美しき共犯者ディアナ。暖炉の前では、すっかり大きくなったウルが、気持ちよさそうに丸くなっている。
テーブルの上には、湯気の立つシチューと、焼きたてのパン。そして、この世界の食卓を、根底から変えた、芳醇な香りを放つ『醤油』が、小皿に注がれている。
誰もが、何の憂いもなく、ただ、心の底から、笑い合っていた。
アークは、その、あまりにも温かい光景を、ただ、黙って見つめていた。
そして、自らの席に着く。
「まあ、アーク。何、にこにこしてるの?」
母の、優しい問いかけに。
彼は、全ての始まりの日のように、少しだけはにかむと、こう答えた。
「ううん。ただ……今日の晩ご飯も、すごく、美味しそうだなって」
これは、一人の青年が、規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、世界を救う、壮大な物語。
そして、これは、たった一つの、温かい食卓を取り戻すためだけの、とても、とても、小さな物語。
***
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