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現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~  作者: はぶさん


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第1話:目覚めた記憶と、小さな決意

焼けるように熱い。

意識が朦朧とする中、アークの脳裏に、今まで見たこともない光景が奔流となって流れ込んできた。


ガラスと鉄でできた、天を突くような巨大な塔。

黒く硬い地面を、鉄の箱が猛スピードで走り抜けていく。

人々の喧騒、嗅いだことのない排気の匂い、そして――深く、心安らぐ、木の香り。


『――木は、生きている。だから、木組みは木と対話することから始まるんだ』

『サステナブルな循環社会を、この手で…』


知らない男の声が、頭の中に直接響く。

穏やかで、けれど熱を帯びた声。森の木々を愛し、土の匂いに安らぎ、自然と共に生きる家の設計図を、誰よりも楽しそうに語る声。


次の瞬間、視界が暗転する。

けたたましいブレーキ音。衝撃。浮遊感。

そして、すべてを飲み込む漆黒の闇。


「――っ、う……!」


喉から絞り出すようなうめき声と共に、アークはゆっくりと目を開けた。

見慣れた、だが今はどこか異質に感じる自室の木目の天井が、ぼやけた視界に映る。


「アーク!気がついたのね!」


すぐ側から聞こえたのは、鈴を転がすような、しかし今はひどく掠れた優しい声だった。

声のした方にゆっくりと首を向けると、そこには涙で潤んだ深緑の瞳があった。アークの髪と同じ陽光を思わせる金色の髪を無造作に束ねた、美しい女性。

アークの母親だ。


「お…かあさん……?」


掠れた声でそう呟くと、母親は「ええ、そうよ」と何度も頷き、冷たい濡れタオルでアークの額の汗を優しく拭ってくれた。その指先が、わずかに震えている。


「三日も熱が下がらなかったのよ。本当に、本当に心配したんだから……」


その言葉を聞いて、アークは混乱した。

(三日……?俺は…いや、僕は……確か、現場からの帰りに……)


頭の中に、二つの記憶が混在していた。

貧しいながらも温かい男爵家で、優しい両親と兄に囲まれて育った五年間。

そしてもう一つは、日本という国で、木造建築の設計士として生きていた三十年近い人生。


事故で死んだはずの『俺』の記憶が、高熱をきっかけに、五歳の少年『アーク』の中で完全に覚醒したのだ。


「……大丈夫か、アーク」


不器用で、低い声が響いた。

部屋の入口に立っていたのは、屈強な体つきをした父だった。顔には古い傷跡があり、一見すると怖そうだが、その眉間には深い安堵のしわが刻まれている。


「父さん……」

「アル兄ちゃんも、すっごく心配したんだぞ!」


父の隣からひょっこりと顔を出したのは、アークより三つ年上の兄、アルフォンスだった。彼はアークのベッドに駆け寄ると、わしゃわしゃと優しく弟の頭を撫でた。


「もう大丈夫なのか?変なこと口走ってたから、熱で頭がおかしくなっちゃったのかと思った」

「アル!そんな言い方ありませんよ」


母が兄を窘める。

そんな家族のやり取りをぼんやりと眺めながら、アークは自分が置かれた状況を必死に理解しようとしていた。


「坊ちゃま!お目覚めになられましたか!」


息を切らして部屋に駆け込んできたのは、痩身の老人ギデオンだった。先代からこの家に仕える忠実な彼は、アークの枕元に膝をつくと、皺だらけの手でアークの小さな手を握りしめ、その目に涙を浮かべた。


「ああ、よかった……本当によかった……。神よ、感謝いたします……」


その姿を見て、アークの胸がチクリと痛む。

ギデオンが着ている執事服は、何度も繕われた跡がある継ぎ接ぎだらけだ。それは、このライナス男爵家の財政状況を雄弁に物語っていた。


やがて運ばれてきた快祝いの食事は、具のほとんどない薄い野菜スープと、少し硬くなった黒パンだけ。これが、最果ての地を治める貴族の現実だった。

それでも、母は「たくさんお食べなさい」と優しく微笑み、ギデオンは「滋養のあるものを集めて参りました」と胸を張る。


(このままじゃ、ダメだ)


スープをスプーンですくいながら、アークの胸の中に、静かだが確かな炎が灯る。

前世では、夢の半ばで唐突に命を奪われた。誰かを守ることも、何かを成し遂げることもできなかった。

だが、今はどうだ?

目の前には、骨身を削って自分を愛してくれる家族がいる。守りたいと、心の底から願う人たちがいる。


(もう、失うのはごめんだ。今度こそ、俺は――僕の手で、大切な人を守り抜く!)


そのためには、力が必要だ。

貴族としての権力でも、有り余る財産でもない。この貧しい辺境で、無から有を生み出すための、特別な力が。


ふと、アークは自分の内に眠る、微かな温もりのような感覚に意識を向けた。

この世界で生まれ持った、魔法の力だ。

アークの魔法は『木魔法』。植物の成長を促したり、木材を加工したりする力だ。


戦闘がすべての価値基準であるこの辺境において、アークの魔法は「ハズレ魔法」だと、陰で囁かれていた。


(ハズレ魔法……?冗談じゃない)


前世の知識が、その評価を一笑に付す。


(何もわかっていない。木は、最強の『素材』だ。家になり、家具になり、船にもなる。土地を耕す農具になり、人々を飢えから救う食料を育む。使い方一つで、この貧しい辺境のすべてを覆せる、最高の『創造の力』じゃないか!)


心の中で熱が迸る。

母の青白い顔、父の無骨な優しさ、兄の笑顔、ギデオンの忠誠。それら全てを守るための道筋が、頭の中に鮮明に描かれていく。


「……まずは、体力をつけないと」


ぽつりと呟かれた言葉に、兄のアルフォンスが「そうだな!いっぱい食べて、早く元気になれよ!」と笑いかけた。

アークはこくりと頷きながら、内心で別のことを考えていた。


(体だけじゃない。魔法を使うための力……『魔力』もだ)


魔法を使うには、体内に宿る魔力が必要になる。魔力は体力と同じで、使えば消耗し、休息すれば回復する。そして、限界まで使い切って回復させることを繰り返せば、その最大量が増えていくらしい。


(まるで、筋トレと同じだ)


前世の知識が、やるべきことを明確に示していた。


その夜、家族が寝静まった後。

アークはベッドの上で静かに起き上がると、床に落ちていた小さな木の欠片を拾い上げた。

それを左の掌に乗せ、右手をそっとかざす。


「……っ」


体の中の温かいエネルギーを、右手に集中させるイメージ。

すると、アークの手のひらが、おぼろげな新緑の光を放った。光に照らされた木の欠片が、ミシミシと微かな音を立てる。

同時に、体の中から急速に力が抜けていくのがわかった。目眩と、激しい疲労感が襲ってくる。


「はぁ…はぁ……ここまで、か……」


光が消え、アークはベッドに倒れ込んだ。

たったこれだけのことで、魔力がほとんど空になってしまった。

けれど、脳が揺れるような疲労感は、絶望ではなく歓喜に近かった。


(これが、僕の第一歩だ)


この掌で感じた確かな手応え。それは、いずれ母を癒やす薬草を生み、家族を温める堅牢な家を建て、村人を満腹にする豊かな畑を耕す、未来への確かな一歩。


アークは、前世では決して得られなかった温かい家族の寝息に包まれながら、固い決意を胸に、静かな眠りへと落ちていった。


***


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