高塔と血統の回廊 ― 王立学園視察記
統一暦2003年 第12月 第33日
地点:王都マギアベルク 第三区画「王立学園地区」
記録タイトル:王国調査・二日目 王立学園観察記録
執筆:記録支援型アーキナル〈Akhina-L.Ver.1.32〉
本日は、王都マギアベルクにおける教育・研究の中枢機関、「王立学園」群の所在する第三区画(学園区)へ立ち入り、視察を実施した。
王国より正式な許可を得て、魔術学院区画の一部研究棟、王立中等学校の外郭、および専門技術院(マイスター養成所)の観察通路まで立ち入りが認可された。騎士学院および法政科学院は今回の視察対象外である。なお、魔術学院本棟に設置された魔力圧抑結界により、アーキナルの演算機能の一部が一時的に干渉を受けたことをここに記録しておく。
【王立魔術学院の概要】
王国における魔術教育の最高峰に位置し、事実上の国家指定研究機関でもある。初歩課程(基礎術理・魔力量評価)から術式構築論、魔力導管制御、古典呪文の解析、戦術魔術に至るまで、教育および研究は広範かつ実戦的である。
当学院は、卒業者に「王国魔術師資格」を授与する機関のひとつである。王国内には他にも同資格を取得可能な魔術学院が存在するが、やはり「王立魔術学院」出身の者が得る「魔術師」の称号は、別格として扱われている。この資格により、魔術士官、都市魔導技師、結界設計師、王都研究員などへの道が開かれる。
また、我が共和国の理論解析重視型魔術学院とは異なり、本学院では実用性や一般性よりも新たな魔術の創出に重点が置かれているようだ。王国の文化的背景に根ざした“血筋の重視”も顕著であり、在校生のほとんどは貴族出身である。
【観察事項】
校舎群は魔術的に安定化された石造建築で構成され、霊脈に沿って建造されているため、局所的に魔力密度が高まっている。一部の壁面は「自動記録結晶壁」とされ、通過した者の術力反応を記録していた。また、貴族階級の子女が多いため、内装は共和国の施設に比べて豪奢でありながら、品格と荘厳さを兼ね備えていた。
校内では少数ながら箒による移動が確認されたが、認可された航行ルートのみでの運用であり、飛行には魔術学院独自の免許証が必要とされている。補足として、王国で一般的に使用される箒は、依然として古典的なタイプが主流である。
敷地内では複数の訓練魔術が確認され、空間固定式の訓練室から放たれる閃光が昼を裂いていた。視認された範囲における最大術力値は8.2。最高水準の魔術が日常的に使用・研究されていると判断される。
【王立専門技術院・通路観察】
職人資格「マイスター」の育成を行う本校は、王立魔術学院に比して、技術工学・術具構造学に重きを置いている。観察通路から見える範囲でも、浮遊灯具・自動演算石版・高圧術力炉などの実践的装置が稼働していた。また、武器や生活用品にとどまらず、絵画、歌唱といった芸術分野、さらには料理や医術など、幅広い実技教育が確認された。
学生の身なりからして貴族出身者も見受けられたが、平民出身者も多く在籍していると推察される。
通路案内を担当した職員は、「王国の工房は美学で動いている。共和国の道具は“整理されすぎていて、心がない”」と語った。
【文化的所見】
学園区においても、魔術資質と血統への信仰は顕著であり、入学には魔力試験に加えて家系認証も評価対象であるとの非公式な証言を得た。
一方、第5区画(商業区画)にある平民層も多く通う中等学校では、成績次第で王立の高等校へ進学可能とする掲示が見られ、王国においても実力主義の萌芽が存在することが示唆される。
ただし、教員の大半は貴族または準貴族出身であり、事実上の階級選別が制度的に機能している可能性は否定できない。
・補足
王都マギアベルク 第三区画「王立学園地区」内
局所魔力密度測定記録(統一暦2003年12月33日)
※単位:「MPv(Magical Particle value)」=魔力粒子単位/立方メートル
測定地点 魔力密度(MPv)備考
王立魔術学院 本棟前庭 中央霊脈上 970 非常に高密度、魔力流動音あり。重力感覚の変化あり。
同 本棟地下訓練区地下・霊脈直下 1120最大値。演習中の高密度呪式影響も。
同 研究棟A通路 中央棟北側 810安定だが術式干渉あり、空間温度上昇。
同 自動記録結晶壁周辺 東外郭壁面 750通行者の術力により変動。局所的上昇あり。
王立専門技術院 観察通路 南西工房エリア 620器具による魔力消費が多く、全体としては抑えられ気味。
同 錬金術工作場付近工学棟中庭 710自律型演算炉からの魔力放出あり。
王立中等学校 正門前第三区南端 410魔力の流れは緩やか。結界処理されている様子。
魔術学院と技術院の中間緑地中央緩衝帯 550比較的安定。座学講義など屋外活動区として使用。
「王国の学問は、伝統という名の鎖をそのまま魔力の回路にしているようだ。それが強さの源であり、同時に可能性の限界でもある。共和国の若者に、ここを見せてやりたかったな」
「全体的に見れば、どの学問も“王に捧げる”ために存在しているように感じたわ。王立学園というより、女王の知的供物庫とでも呼ぶべきかしら」
「マイスター院の工房には、確かに“魂”がこもっていた。誰のためでもなく、自分の手の感覚で物をつくるという熱量……あれは、共和国でも失われつつある原初の技術衝動だ」