第31話「唐揚げについて(後編)」
夜明け堂の厨房は、今夜も静かに稼働している。
「――さて、そろそろ仕込みの時間だな」
異世界コンビニ・夜明け堂・店長代理・一ノ瀬レンは、厨房奥のフライヤー前に立った。
エプロンをつけ、手を洗い、油の温度を確認する。
その動作はもはや、修行僧のように無駄がない。
目の前に並ぶのは――異世界産の鶏肉。
現地では“ロックチキン”と呼ばれ、肉質は硬いが下味をしっかり揉み込めば驚くほどジューシーになる。
「今日こそ……理想のカリッとジューシーを……!」
意気込むレンの隣で、スライムのスラがぷるりと震える。
ぴこ、とスラが跳ねる。もうすっかりベストパートナーだ。
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揚げ衣にくぐらせた鶏肉を、一つずつ丁寧にフライヤーへ――
ジュワァァアアア……!
立ちのぼる香ばしい匂いに、レンの背後からぬっと現れた影が一つ。
「……揚げたて、もらう」
「ユノ、まだ揚げ始めたばかりだってば……」
冷蔵庫の精霊ユノが、じっとフライヤーを見つめている。
口には出さないが、彼女が揚げたて唐揚げを誰よりも好んでいるのは、レンだけが知っている。
「あと5分……ちゃんと中まで火を通さないと、またラティナに“レンのせいでお腹がグルグルする!”って文句言われるからな」
「……あれは焼きすぎだったのでは」
「いや、俺じゃなくて……いやまあ、俺か」
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そうこうしているうちに、フライヤーの音が落ち着き始めた。
黄金色に染まった唐揚げが、油の中でふわっと浮かび上がる。
「よし……今日のはイケる……!」
キッチンペーパーの上に唐揚げを置くと、ちょうど自動ドアが開いた。
「レン! 焼きそばパン……じゃない、今日は唐揚げね!」
ラティナが元気よく入店してきた。背後には、制服姿の魔法学園の生徒たちもぞろぞろと。
「ねぇ、これがうわさの唐揚げ? 」「聖女様が絶賛してた……」「神のパンだけじゃないのか」
「……なんか最近、俺の揚げ物、信仰されてない?」
「うむ、あんたは揚げの勇者ね」とラティナがうなずく。
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そんなわけで、夜明け堂の唐揚げは今夜も静かに、そして神々しく揚がっていく。
レンの手で、黄金の味が生まれるたび――
人々の笑顔が、ひとつ、またひとつと増えていくのだった。