第26話「グレン、勇者だった日の話」
深夜のコンビニに、コーヒーの香りが立ち込める。
「……勇者ってさ、どうだった?」
ふとした思いつきで俺がそう聞くと、隣にいたグレンはホットドッグの包装を破きながら、少しだけ目を細めた。
「……遠かったな。ずっと、目的地まで」
それだけ言って、黙る。
俺はしばらく待って、返事が続かないことを理解し、コーヒーをすすった。
やがて、グレンがぽつりと落とす。
「剣を振れば……仲間が死ぬ。敵も死ぬ。拍手が起きる。……変だった」
もうひと口、ホットドッグをかじる。
「誰も止めない。どこにも戻れない。だから、ずっと、前にしか進めなかった」
彼の語る“英雄譚”に、華やかさはない。
ただ、静かに流れる重たい過去だけが、そこにあった。
「……戦いが終わって。剣、置いて。初めて、重さに気づいた」
グレンはコーヒーを一口飲み、視線を落とす。
「それでも……夜明け堂のレジは、軽い。商品の重さしか感じない」
彼はそう言って、ふっと微笑んだ。
「……楽で、いい。いちばん強い時間かもな。こういうのが」
静かに、でも確かに刻まれる言葉。
多くを語らない彼のその一言に、確かに“英雄”の名残を見た気がした。
「……そろそろ、アイス補充する。ユノに食われる前に」
グレンはカウンターを離れ、無言で冷凍庫へと向かう。
背中は寡黙で、どこまでもまっすぐだった。