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青春は奇譚である  作者: テイク4
白鷺詩音
4/13

拒絶の向こう側

白鷺詩音の姿を見失わないよう、俺は人気の少ない道を慎重に歩いた。

放課後のタワーマンション街。

携帯に届いた、たった一件の通知──それを見た彼女の表情が、どうしても引っかかっていた。


何かが起きる。直感めいた確信があった。

そして今、俺はその「何か」の入り口に立っている。


白鷺が立ち止まったのは、高層タワーの自動ドアの前だった。

そこには、先客がひとり──

三十代半ば、細身のスーツ姿の男。きっちりと整った外見は、どこか作り物めいて見えた。


男は、彼女を見るなり、穏やかな笑みを浮かべて声をかけた。


「詩音ちゃん、おかえり」


……父親、というには若すぎる。

どこかの知り合いだろうか。


その問いに答えるように、男は自然に白鷺の手を取り、自分の車へと導こうとする。

白鷺は、特に抵抗を見せなかった。

だが──その行動は、あまりにも不自然だった。


白鷺詩音が、誰かの言葉にこんな素直に従う姿を、俺は知らない。


嫉妬かもしれない。

だが、それを差し引いても、彼女の様子は“おかしい”としか言えなかった。


だから、俺の体は勝手に動いていた。


「──ちょっと待ってください」


俺は、男に連れられようとしていた白鷺の手を、思わず掴んだ。


男は軽く目を細め、俺を値踏みするような視線で見つめた。


「……誰かな? 君は」


「白鷺さんの同級生です」


「そうかい。お友達ができたんだね、詩音ちゃん」


「友達だなんて思ってませんが」


白鷺は無表情で、静かにそう答えた。


「……だそうだ。友達じゃないなら、その手を離してくれないか?」


男は穏やかに言う。その笑顔に、僅かだが“押しの強さ”が滲んでいた。


「それより……あなたは誰ですか?」


「私は彼女の中学の頃の塾講師だよ。昔から仲良くてね。今から、ちょっと食事でもと思って迎えに来たんだ」


傍目には、不自然な関係には見えないかもしれない。

だが──


「……彼女の手。震えてますけど」


俺の手の中にある白鷺の手は、かすかに震えていた。

嫌悪か、恐怖か──それを言葉にしなくても、体は正直に反応していた。


「それは君が急に握ってきたからじゃないのか?年頃の女の子だ。友達でもない男にいきなり手を掴まれたら、そりゃ怖がるさ」


「友達じゃないかもしれません。でも、彼女に“震えるほど怖がられる仲”でもない」


「それは、そのまま返すよ。僕と詩音ちゃんの関係に“怖い”なんて感情は存在しない」


どこまでも理路整然と、相手の土俵で言葉を返してくる男。

だが、言葉にできない違和感が、やはり消えない。


「なら、聞いてみましょうか」


俺はそう言って、白鷺に視線を向けた。


「白鷺さん。……この人と、本当に一緒に行きたい?」


そのとき、白鷺が初めて俺を見た。


その目は、どこか冷めていて──けれど、なぜかほんの少し、濡れているようにも見えた。


「……貴方には関係ないわ」


低く、決然とした声だった。


「そうやって、全部自分で抱え込むつもり?」


「何も知らないくせに、首を突っ込まないで。」


その言葉は珍しく感情の乗った言葉となっていた。

まるで何かをあえて遠ざけるような。逃げるような。そんな声で言葉を続ける。


「それが……私からのお願いよ。だから、言うことを聞いてくれるかしら」


その言葉と共に、白鷺は俺の手を振り払った。

そして、自ら車の助手席へと乗り込む。


「……だそうだ。帰りなさい」


男は俺を一瞥してそう言い放ち、運転席へと歩いていく。


俺は、動けなかった。

歯を食いしばりながら、ただその場に立ち尽くした。


車に乗り込んだ白鷺の横顔が見える。

その口元は、かすかに、でもたしかに。言葉を紡いでいた。

五文字の言葉を。それは彼女から出るにはあまりにも優しくて温かい言葉だった。


それが悔しくてたまらなかった。



梅雨入り前の湿気が混じりつつも春の冷たさが残る夜。部屋の中で俺は携帯を握りしめながら、通話画面の発信ボタンを押した。


ワンコール。……すぐに応答がある。


『……やれやれ。君の番号を見ると、つい仏壇に手を合わせたくなるよ』


「第一声でそれかよ。ご愁傷さまってか」


『いやまさか。君が死ぬ前に、相手の人生が終わるんじゃないかと心配してるのさ』


「ありがたくない心配だな。……まあ、図星だよ」


俺の声が沈んでいたのを、向こうはすかさず察する。


『ほう、これは重症だ。恋か、病か、あるいは──嬢ちゃんか』


「その三つ、全部“彼女”って意味になるのが恐ろしいな」


『洒落の通じる青年で助かるよ。で?首を突っ込んで、首が回らなくなったってとこかい?』


「言い得て妙だな。……柊さん、白鷺の過去について、少し話を聞きたい」



『過去?』


「前に言ってたろ。中学時代、塾でも成績トップだったって。……そのときの塾講師と、白鷺の関係って、どうだった?」


一瞬だけ、電話の向こうの空気が変わる。


『……俺がそれを知ってるとでも?』


「知ってると思うから聞いてる」


僅かに呼吸が止まり、再び吹き出すタバコの気配が、通話越しでも伝わってきた。


『本当に勘のいい事』


やれやれと呟くように、またタバコに火をつけた音がした。


「ってことは……やっぱ、祈端絡みか?」


『結論から言えば正解だ。』


「いつから?」


『焦るな焦るな、情報は逃げねぇよ』


つい力が入る返答をしてしまったようだ。


『発現のタイミングは中学時代で間違いない。性格がガラリと変わった時期は中学二年の夏。夏期講習が終わったあたりだ。前までは温厚で可愛らしいお嬢ちゃんだったそうだぞ』


「全く想像ができないな」


スピーカー越しに笑いが入る。


『まぁ、そりゃそうだな。でも想像してみ?あのお嬢ちゃんが温厚なの想像したら。そりゃ可愛いってもんじゃないだろうよ。まあ、でもあのツンケンな態度も俺は好きなんだけどな』


「別に柊さんの性癖を聞いてるわけじゃないんだが」


『こんだけ面倒見てやってるんだ、女の趣味くらい分かって俺に紹介しろ』


「紹介できる人間がそもそも男女共に居ないの分かったんだろ」


『妹がいる』


「絶対に無理!!」


また高笑いが聞こえた。


『冗談だよ。本気にされると困っちゃうなぁ。怜お兄ちゃん』


「冗談はともかく、白鷺の話に戻りたいんだが」


『あぁ。まぁ塾に熱心だったのは母親の方だったそうだ。父は会社経営でほとんど家を空けていたらしい。母は学歴がコンプレックスにあって、それを娘に押し付けていたってみたいだな』


「本当に怖いな。……どこからそんな情報仕入れてくるんだよ……」


『さぁね。それは企業秘密ってやつだよ』


乾いた声と共に、また煙の音が混じる。


『……だが残念ながら、君が本当に知りたい情報──“その塾講師と白鷺の関係”については、俺も知らない。そこまでは調べる必要がなかったからね』


「いや、十分だ。……その時期に祈端に接触してるってだけで、塾講師が原因だって、ほぼ確信に変わった」


『十中八九と言ってもいいが、、、確信が無いうちに決め打つのは悪手だ。いつか身を滅ぼす。それに……俺はもう一度、忠告しておく』


その声の調子が変わる。


『これ以上、彼女に関わるな。そうだな、、、明日には、白鷺詩音のことを忘れろ』


「っ……!」


その一言が、俺に焦りをかき立てた。

反射的に、椅子を蹴るようにして立ち上がる。


「それ……もっと早く言えよ……っ!」


俺は通話を切ると、上着を掴み、玄関の扉を勢いよく開いた。


冷たい風が頬を打つ。

けれど、それ以上に胸の内がざわついていた。


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