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青春は奇譚である  作者: テイク4
白鷺詩音
3/13

触れてはならないもの

放課後の図書室は、いつもより少しだけ人の気配が少なかった。


長机の奥、窓際。白鷺詩音はそこにいた。陽の傾いた光が差し込む静かな一角で、彼女は背筋を伸ばしながら本を読んでいる。周囲の気配を完全に遮断しているかのような、完璧な孤立。


俺はその隣の席に、遠慮もなく腰を下ろした。


「やっぱりここにいたか」


ページをめくる手が止まった。だが、詩音は視線を本から上げない。


「……何をわかった気になってるの」


「別に、わかった気にもなってないし。君のことを知ったつもりもないよ」


「嘘ね。どうせ、私のこと、いろいろ調べたんでしょ」


「調べたとしても、俺ひとりで知れる情報なんて、たかが知れてるだろ」


「そうね。貴方ひとりならね」


詩音の口元にうっすらと浮かぶ笑みは、嘲笑とまではいかないが、あまりにも冷たかった。


「ずいぶんと察しがいいご様子で」


「……んで、何の用?私のスリーサイズでも聞きたいの?お猿さん」


それは、知ってるんだよな……。いや、違う。俺は今、それを言うべきじゃない。


「最低ね」


即答だった。


「おい、俺はまだ何も言ってねぇだろ」


「もう知ってる顔してたわよ」


「……否定はできないな」


「変態」


「んまぁ、そう思っててくれて構わないよ。でも、俺はただ、君のどこか“人間っぽくない”部分がどこから生まれてるのか、その理由を知りたいだけ」


詩音はようやく本を閉じ、視線を俺に向けた。


「“人間っぽくない”ね。……それなら今の私は、“人間じみた何か”とでも言った方が、まだ正確かもね」


それはまるで、自分が人間でないかのような、妙な言い回しだった。


「……心当たりがあるんだな」


「いいえ、全く」


「今さら隠すのか? 随分と往生際が悪いご様子で。」


「“往生際”と“性格”が悪いのが、私の取り柄だから」


「全く褒められたものじゃねえな。んまぁ、だとしたら俺は“諦めが悪い”のが取り柄だな」


一瞬、詩音の目が鋭く光った。その視線は、明確に俺を拒んでいた。これ以上は関わるな、という意志を込めて。


「知ってた?しつこい男って嫌われるのよ」


「重々承知してる」


「もしかして、貴方ドM?自ら嫌われに行くなんて、面白い趣味してるわね」


「そりゃどうも」


「否定しないあたり、本当にそうなんじゃないかって思ってしまうわ。……怖いから離れて。変態」


「俺はただ、君のことを知りたいんだ。白鷺さん、君のことを」


「……まだ名乗ってもいないのに、名前どころかスリーサイズまで知ってる男に、話すことなんて何もないのだけれど」


……全くその通りだった。

俺は仕切り直して口を開く。


「さっきのクラスでの出来事。白鷺さんは、本当にあれで良かったの?」


「……見てたのね」


「見てたというか……見えてしまったというか」


「そう。じゃあ今度は、クラスでの出来事を学校中に広めさせたくなければ、口止め料として裸の写真でも送れとか言い出すのかしら?」


「俺はそんなに非道じゃない!」


「そうね。ごめんなさい。“無能”の間違いだったわ」


「それ、もっと酷くなってないか!?」


()がうるさいから黙って」


つい、ここが図書室であることを忘れていた。

俺は、一旦上がった声量とボルテージを、ゆっくりと下げた。


突如として戻ってきた図書室の静寂が、「お前がうるさい」と言外に伝える無言のメッセージのように響いた。


「悪かったな。」


「ちゃんと心から反省できるのは素敵なことだと思うわ。」


「白鷺さんは一体どの立場からモノを言ってるんだか」


俺がそう返した直後、白鷺のスマートフォンが机の上で短く震えた。

静かな図書室に、かすかな通知音が響く。


白鷺は一切の表情を動かさずに手を伸ばし、画面を覗いた──その瞬間。


微かに、空気が変わった気がした。


一瞬だけ、彼女の顔から血の気が引いた。

目元に走った翳りは、いつもの冷たい仮面をほんの少しだけ剥がしていた。


「……どうかした?」


俺がそう尋ねても、白鷺は答えず、スマホの画面を伏せて机に戻す。

それはまるで、“見なかったことにする”ことだけを自分に許したような、静かな拒絶だった。


「……顔色、悪くない?」


「気のせいよ。図書室の照明、ちょっと青白いから」


「いや、それだけじゃ──」


「詮索、好きなの?」


ぴしゃりと言葉を遮られる。

白鷺の目は、さっきまでよりも冷たく、どこか突き放すようだった。


「どうせまた、“自分だけは特別”って思ってるんでしょう? 私と話せてるから、私のことを知ってるつもり? 近づけば、何か変えられると思ってる?」


少しずつ言葉に棘が混じる。それでも声は穏やかだった。

逆に、それが怖いほどに。


「……別に、そんな風に思ってたわけじゃ──」


「いいの。言わなくてもわかるから」


微笑んだ彼女の表情は、やっぱりいつもと同じ“仮面”だった。

でも、その奥で──ほんのわずかに“怯え”のようなものが滲んで見えた。


俺はその一瞬を見逃さなかった。


「……もし、助けが必要だとしたら──」


言い終える前に、白鷺が言葉をかぶせる。


「誰にも、助けなんて求めない。

過去に一度でもそれをしたことがあるなら──今の私は、こうじゃなかった」


どこか遠くを見つめるような声だった。皮肉も、強がりもなかった。

その静けさが、かえって彼女の過去の“重さ”を感じさせた。


ほんの数秒。だけど確かに、俺はそこに“何かを断ち切った痕跡”を見た気がした。

彼女の今を形作っているもの。

それは、俺にはまだ踏み込めない領域にある。

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