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青春は奇譚である  作者: テイク4
白鷺詩音
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騒がしい沈黙

昼休み。教室という名の騒音発生装置から逃げるように、俺御影(みかげ)(れい)は廊下を抜け、静寂の聖域――図書室へと足を運んでいた。


校舎の片隅、陽の届かない一角にひっそりと佇むその部屋は、昼の喧騒から切り離されたように静かだった。

引き戸を開けた瞬間、冷んやりとした空気が肌にまとわりつく。

古い紙の匂いと、長年開け放たれていない木の棚の重たい気配が鼻をかすめた。


ここ来た理由は単純だ。

オカルト扱いされているとある現象について、少しでも情報を集めるため。

俺にとってのそれは、ただの都市伝説なんかじゃない。

現に、それが俺の身に起こった。

理由も理屈もわからない。ただ、確かに起きた。

それがなければ、今の俺は存在しない。


だから、調べる。静かに、地道に。

この場所だけが、真実の輪郭を掴む唯一の拠り所だった。


図書室は薄暗く、蛍光灯もいくつか切れたままだ。差し込む光は細く、棚の影が床にまだら模様を描いていた。

まるで時間が緩やかに沈殿しているような空間だ。

俺は本棚の背表紙を眺めながら、一冊一冊を指でなぞっていく。

「伝承」「異能」「未解明現象」――胡散臭いワードのオンパレード。

けれど、そのどれもがしっくりとこない。


「……その棚の中段、左から三番目」


不意に、背後から少女の声がした。

静寂を裂くその一言は、図書室の空気すら震わせた気がした。


振り返ると、長い黒髪の女子生徒が静かに立っていた。

制服のスカーフは青。俺と同じ一年生だ。

その立ち姿はどこか影のようで、彼女を輪郭ごと空間に溶かしている。


「それ。探してたんでしょ?」


言われるがままに手を伸ばし、本を抜き取る。

表紙にはこう書かれていた。


『現代社会における伝承と異常現象』


……ドンピシャすぎて、少し怖い。


「……ありがとう」


俺が礼を言うと、彼女は小さく頷いた。

その仕草は夜風のように静かで、会話の終わりを告げていた。


けれど、なぜかそのまま背を向けられるのが惜しくて、一つだけ訊ねた。


「なんで俺がこれを探してたってわかったんだ?」


彼女は一拍も置かず、こう答えた。


「うるさかったから」


……は? 意味がわからない。

俺は一言も発さずに本を探していたはずだ。

眉をひそめて、もう一度聞く。


「それ、どういう意味?」


彼女はわずかに狼狽える気配を見せたが、その表情は瞬く間に消えた。

まるで感情のスイッチを切ったように。瞬きをすれば見逃してしまうほどに。


「……バタバタしてたから。落ち着きなく歩き回ってたし。気配だけで騒がしいくらいにね」


「存在感が騒音レベルってこと? もう少しオブラートに包んでもらえる?」


「無理ね。オブラートに包むほど甘くないのよ、私は。」


「なんだ、その詩的な表現。頭良いマウントか?まぁ、でも騒がしかったのは謝る。悪かったな。でも、それじゃ答えになってない。」


そう。最初の「うるさい」は本音、今のは建前。

何かを隠している。そんな気配がした。


「どうして俺の探してた本がわかった?声にも出してないのに。それを言い当てるなんて、小学生探偵もびっくりだぞ」


「そう。だったら、私の寝言ってことにしておいて」


「起きながら推理できる博士タイプか!?」


冗談めかしてツッコむ俺を無視して、彼女は深いため息をつく。


「探してるジャンル。弾く本の種類。そこまで見てたら、だいたい見当はつくわ。……この回答でいいかしら」


明らかに、とってつけた言い訳だった。


「そんなに俺のこと見てたってことか?……もしかして俺に一目惚れでもした?」


「小学生探偵もびっくりの寝言ね」


「ちゃんと、俺のツッコミまで拾ってくるのかい。」


「本気で言ってるとしたら、自己肯定感がおかしなところまで行ってるわ。その勘違いのせいで、誰かに刺されたりしないか、心配になるくらいにね」


「はは、心当たりありすぎて笑える」


「本当なら笑えないわよ」


言葉は鋭く、態度は淡白。

けれど、不思議と不快感はなかった。

むしろ、妙に心地いい距離感だった。


「……もういいでしょ」


そう言い残し、彼女は踵を返す。

本棚の奥へと吸い込まれるように歩いていく。


その背中に、なんとなく声をかけた。


「……名前、聞いてもいいか?」


本来なら聞いたところで、もう関わることもないだろう。

でも、どこか胸に引っかかる。

このまま終わるのが、妙に現実味を欠いていた。


俺は、この感覚を知っている。

現実から少しだけ浮いた、あの時と同じ空気。

“あちら側”に触れてしまったときの、あの違和感。


彼女は足を止めた。けれど、振り返らない。

沈黙を残し、静かに言葉だけが落ちてきた。


「……もう関わることはないでしょう?聞く必要はないんじゃない?」


それだけを残して、彼女は棚の影へと消えていった。

まるで最初から、ここには存在していなかったかのように。


俺の勘が間違っていなければ、彼女は――“それ”だ。


声に、感情が乗っていなかった。会話が、機械的だった。

そして、俺はそれを知っている。過去の自分と照らし合わせれば、見えてくる。


ああ、これはきっと。


握っていた本に、無意識に力がこもった。

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