第93話 踊ろう
俺が差し出したトウモロコシを見て、ココは笑い出した。
「あははははは!」
顔を真っ赤にして、嬉しそうに。
そのあとすぐにきづいたのか、
「……ん、いや、えーと、おほほほほ!」
「普通に笑えよ、そっちのがかわいいよ」
それを聞いてココの白かった肌が真っ赤になった。
「いや、私はライラネック家の令嬢で……」
「知らないよ、お前はココだよ」
「え、でも……」
「忘れちゃったかもしれないけど、ココは俺の一番大切な人なんだ。これ、受け取ってくれ」
「…………」
黙ってトウモロコシを受け取るココ。
「え、これ……どうしたら……? どこから……?」
「用意してた。魔法でゆで上げた」
「え、これ、食べるの?」
「塩もふってあるぞ。テネス様みたいにかぶりついちゃえ」
「嘘? 舞踏会でまるごと一本のトウモロコシを?」
「いいさ、テネス様の好物だ」
ココは、言われた通り、トウモロコシに口をつけた。
行きかう貴族たちが驚いた顔でそれを見ている。
「ぷっ、ぷぷぷ……」
食べる途中で笑い出しちゃって、ココの口からトウモロコシの粒が飛び出して俺の顔に当たった。
「ぷはっ! あはははははははは!」
たまらず笑い出すココ、俺も笑ってしまった。
「うん、そっちの笑い方の方が俺は好きだな」
ココは照れくさそうなニヤニヤとした表情、顔はさらに真っ赤になって完熟トマトみたいになってる。
「ココ。一緒に踊ってくれ」
俺が言うと、
「もちろんですわ……もちろん。でも、これ、食べきらないと……」
「それはあとにしよう。ほら、これ持っててくれるか」
俺はココから食べかけのトウモロコシを受け取ると、そこにいたメールエ……じゃなかった、メールエの姿をしている女王陛下に渡した。
「うひゃひゃ! おいしそう!」
女王陛下は食べかけのトウモロコシにかぶりつく。
なにやってんだろう俺たち。
まあいいや。
俺は、手をココに差し伸べる。
「さ、ココ。踊ろう」
「……ええ」
俺とココは手をつなぎ、広間の中央へ。
そして、踊り始めた。
二人ともおぼつかない足取りで、一夜漬けで覚えたダンス。
俺はココを見つめて、ココは俺を見つめて。
ああ、やっぱり声をかけてよかったぜ。
ココは、恍惚とした表情で、俺と見つめあっている。
唇がほころんで、すごく嬉しそうだ。
うん、ステータスが見えなくても、俺は確信した。
ココの手をぎゅっと握る。
ココも握り返してくる。
「さあ、もっと踊ろう!」
俺がそう言った瞬間。
キュイーン!
聞きなれた音とともに、舞踏会の会場の天井が消えた。
いや、消えたように見えるような魔法だ。
「おお? なんだこれは?」
会場にいた貴族たちがどよめく。
そして、天井があった場所には夜空が見えた。
大小二つの月が、俺たちをスポットライトのように照らす。
月の光に導かれるように、俺たちは踊った。
ココのドレスが舞う。
まるでパラシュートのように空気をはらんで。
初めて会ったときと同じように。
あのとき、ココが着ていたのはボロボロの衣服だったけど。
今日は女王直々に注文した特注の最高級ドレス。
夜空、遠くで星がかすかにまたたく、月の光が俺たち二人だけを照らし出し。
俺たちは、お互いを見つめあいながら、ただただ踊った。
俺たちには、まだまだやることがある。
女王陛下の統治は完全とはいえず、魔王軍との戦いも続いている。
俺はこれからも戦い続けるだろう。
だけど。
今は。
好きな女の子と二人で。
ただ踊ろう。
月光が反射して、ココの瞳はとても綺麗に輝いていた。
〈了〉




