第89話 最終決戦⑤
ココに斬りかかってくるガルアド、俺はココを守るように前に立つ、ガルアドは構わず斬りかかってくるがその太刀筋はほとんどスローモーションのように見えた。
「おおおおおおお!」
振り下ろされるガルアドの剣、その刃は研ぎ澄まされていて狂気を感じさせるほどの輝きを放っている、ひげ面の奥に見えるガルアドの瞳は怒りと憎しみにあふれている、こいつは世界平和の名の元に何人の奴隷を殺してきたのだろう、と思い、そうしなければ生きてこられなかっただろう彼の悲しい人生に思いを馳せる、ガルアドの渾身の一撃すら俺には止まっているようにすら見え、俺はその剣を右のこぶしと左の掌底で挟み込み、
「おらぁ!」
気合を入れると、ガルアドの剣はぽっきり折れた。
折れた剣先がヒュンヒュンと回転して床に突き刺さる、ガルアドは剣を捨て俺に殴りかかってきた、俺はそのこぶしを見切り頭を振って攻撃を避ける、そしてガルアドの足へとローキックを放った。
コキャッ! と骨が折れる音が響く、ガルアドはその場に膝をつく、その目は俺を睨みつけたままだ、なんて哀れな目だ、人に見下され軽んじられた経験と人を見下し軽んじた経験しかしていない目だ、俺は手の平に力を集中させる、手の中に青く光る光球が出現した、ガルアドよ、聞け、お前のやり方ではこの世に救いも平和ももたらすことはできない、と俺は言った、ガルアドは低い声で言う、俺抜きで魔王軍に勝てるのか、お前だけで平和がなせるのか? 知らない、俺程度の力ではそんなことはできないかもしれない、俺はただ好きな女と一緒にいられればそれでよかったし、好きな女が奴隷ならば解放してやりたかっただけだ、そんな面倒くさいことは他人にまかせるさ。
「殺せ、救世主よ、忘れるな、お前が殺すのは勇者ガルアドではない、俺を失い魔王軍を倒せなくなったこの世界の、平和を殺すのだ」
俺は答えない。
ただ、呟いた。
「ミョルニル――」
そして至近距離にいるガルアドに向け、まばゆいばかりの青い光を放つ光球を投げつけた。
「ハンマー!」
光球は、俺をまっすぐと見据えるガルアドの喉元へと一直線に向かっていく。
最後に、ガルアドはニヤリと笑った。
その笑みが、どんな意味を持つかはわからなかった。
ただ、もしかしたら、前世で交通事故にあって死んだときの俺と同じことを思っていたのかもしれない。
つまり、――地獄からの解放、安堵、だ。
やっと死ねる、そう思っているような笑みにも思えた。
俺がそんなことを考えたその次の瞬間に、ガルアドの首が吹っ飛び、さきほどガルアド自身が殺した女の子、その生首のすぐそばに転がって行った。
あとに残るのは、静けさだけだった。
ジローモとシャイアの死体、首だけとなったガルアド、そして奴隷の女の子の死体。
外からその様子を撮影していたドローンが、部屋の中へと入ってきた。
そのカメラの前に立つリリアーナ。
「テネスティア王国の正当な女王として宣言する! 国内の全貴族はすべて私への恭順をあらためて示せ! 逆らうものは処罰する」
そして、床に転がっていたガルアドの首の髪の毛をひっつかんで持ち上げる。
「うひゃひゃ……重い……」
まだ血の滴るその首を、リリアーナは両手でもちなおすと、カメラの前に差し出し、
「シャイア一派の領土は没収、今回協力してくれたものに分け与える!この首のようになりたくなければすぐさま恭順の意を示せ! また、国民全員に通達する! シャイアの領土もすべて没収、財産もすべて国家のものとする! それを原資として、今後一年間は国税を全額免除することを約束しよう!」
ガルアドの首を持つリリアーナの姿は、むしろ神々しくさえあった。
その姿は、魔法により全国中継されていた。
のちの時代に、テネスティア王国中興の祖として絶賛される君主、リリアーナが絵画に描かれるとき、ガルアドの首を高く差し上げているこの光景が題材として選ばれることが多かったほどだ。
これで、ひととおりの出来事は終わった。
だが。
もうひとつ、俺個人として、大きな出来事が残っていた。
「あの……」
ココが、俺の顔を見つめている。
ココ
好感度 N/A
ココは、俺に話しかけた。
「あの……私、なんか変なんですの……。あの、あなた……あなたは、どなたでしたでしょうか?」




