第84話 筆頭宮廷魔術師の力
まず動いたのはニッキーとジローモだった。
ニッキーは小手を着けた徒手、ジローモは剣を装備している。
二人は一瞬にらみ合った後、床を蹴った。
普通であれば目に映らないほどの速さでぶつかり合う。
ガキィン!
大きな衝撃音。
ジローモの剣をニッキーが小手で受けている。
「はっ!」
ニッキーの左ボディフック。
「くっ!」
それを右肘で受けるジローモ。
ニッキーはさらにコンビネーションパンチを繰り出すが、ジローモは素早い身のこなしでそれをよけていく。
すごい攻防だ。
いったん距離を取ったあと、ジローモは剣を構えなおす。
「ふぅぅ……」
ジローモが息を吐き、
「はっ!」
と気合を入れると、剣全体が青い光を帯び始めた。
「ゆくぞ、召使!」
今度はジローモが踏み込んで剣を振り抜く。
その剣先をギリギリで見極め、ニッキーは蹴りを放つ。
メイド服のレースが揺れる。スカートの下のドロワーズから伸びた足がジローモの頭部を直撃する直前、ジローモはそれを見事なスウェーでかわした。
俺たちも黙ってこの戦いをみているだけじゃない。
「ココ、行くぞ!」
「はい!」
ココの手を握り、精神を集中する。
勝負は一瞬だ。
「戦神リューン様に申す。我が心臓の鼓動を聞け。血は巡り、マナはみなぎる。怒りの力を我に貸し与えたまえ。リューン様の神剣を賜れ――」
シャイアはすでに長い呪文の詠唱に入っている。
広い部屋とはいえ、室内だ。
爆発を呼ぶような魔法ではないだろう。
ドローンのカメラが俺たちを見ている。
ココの手が暖かい。
そのココの、もう一方の手をリリアーナが右手で握る。
さらにそのリリアーナの左手をシュリアが、そしてその手をアリアが握る。
みなの魔力が俺に流れ込んできた。
俺の手のひらの中に、青く光る球体が出現した。
この一撃で、すべてを終わらせる。
「ミョルニル――」
俺がそれをシャイアに向けて投げようとしたとき――。
シャイアはポツリと呟くように言った。
「永遠の静寂」
その瞬間。
シャイアを除く、ここにいる全員の時間が止まった。
意識はある。
耳も聞こえる。
だが、身体が動かない。
壁にかけてあった大きな時計の振り子が止まっている。
俺も、ココも、リリアーナも、シュリアもアリアも、そしてニッキーもジローモですら、ぴたりと動きを止めた。
ニッキーの汗が空中で止まっている。
シャイアはニヤリと笑って言った。
「どうだ? 半径十メートルの、すべての物体の時間を止めた。だが、意識はあるだろう? 自分の死の瞬間を味わえるぞ、よかったな。ふふふ。これが、筆頭宮廷魔術師の力だ」
シャイアは歪んだ笑みを浮かべたまま、俺たちに近づいてくる。
そのままリリアーナのそばまで行き、その喉元に人差し指をつけた。
「女王陛下。つなぎの王の役目、ご苦労様でしたな。もう、お休みくださって結構です。母君のところへ行けますよ。母君様と、あの世で一緒に暮らすがいい――」
そして。
シャイアの指先が青く光り。
リリアーナの喉を、掻き切ろうと――。
やめろ、と叫びたいが身体が動かない。声もでない。
まさかこんなあっさり負けるのか?
なにか手はないか?
なにか手は――。
シャイアの指先が、リリアーナの命を刈る、まさにその瞬間だった。
窓から、何かが飛び込んできた。
それは人。
気を付けの体勢のまま、ミサイルみたいに飛んできたそれは、シャイアの身体向けてまっすぐに体当たりをかまそうとしてかわされ、そのまま頭から床に突き刺さった。
ギャグみたいに床に突き刺さったその人物は、
「いてて……」
と言って立ち上がる。
見覚えのありすぎる顔だった。
腰まである長く赤みのかかった金髪。
華奢な体型、端正な顔立ち。
彼女がパチンと指を鳴らすと、シャイアの魔法が一気に解けて時間が再び動き出した。
そしてそのステータス。
身体能力 A
教養 SS
戦闘能力 SSSS
魔力 ULTRA
好感度 S
「メールエ……貴様」
「こんにちは、じじい。じゃなかった、シャイア閣下。お久しぶりですね。お元気そうでなによりです。では死ね」




