第81話 正気とは思えぬほどの笑顔
城塞都市イマルの城。
その城の中で、ひときわ高くなっている主塔。
そこから、シャイア・ネブリブル・ケルリアは夜空を眺めていた。
月や星の光を楽しんでいたわけではない。
遠くに見えるテネス派の教会を遠視の魔法で視ていたのである。
「ちっ、ガルアドのやつ、失敗しおって……」
シャイアはそう呟く。
「彼は素晴らしい力を持っていますが、多少考えの足りないところもある男ですからな」
そばに控えていた30歳くらいの男が言った。
彼は帯剣しており、豊かな口ひげをたくわえた、すらりとした体型の美丈夫であった。
名はジローモ。
シャイアの腹心であり、ボディガードでもある男である。
「ガルアドとは連絡がとれておるのか?」
シャイアが聞くと、ジローモは答える。
「いいえ。しかし、死んではおりますまい。ガルアドが飼いならしていたドラゴンが、彼を運んでいったと聞いております。ガルアドはさすが『元』勇者、その回復能力も目をみはるものがあります」
「『元』ではない。いまもやつは勇者だよ。今から私は、あの女王を殺すのだからな。勇者の称号をはく奪など、ガキのたわごとだ」
「しかし、世論はそうは見ません」
「ふん、あの通信魔法はメールエの仕業だな。あの演説をまさか王都でも同時に映しだすとは……。あれで世論がかなり傾いた」
「やられましたな」
「だがしかし、今ここで女王を殺してしまえば……。中立だった貴族たちも、私になびくだろう。見ろ。攻撃が始まった」
確かに、教会へ向けて魔法によるものと思われる攻撃が始まっていた。
いくつもの光の筋が教会へと放たれている。
そのすべては魔法障壁によって防がれているが、守っているのは100人たらずの聖職者どもだけだ。
いずれ、魔法障壁をつくるための魔力も枯渇するだろう。
夜通しで攻撃するように命令してある。
中で立てこもっている女王を捕縛もしくは殺害できるのも、時間の問題だろう。
「ただし、懸念点がひとつあるとすれば、あのガルアドに勝ったという『自称』救世主ですね」
ジローモが言う。
シャイアは頷いて、
「そうだな。だが、魔法障壁が解けたら、私がこの場所から極大魔法で攻撃する。あの城ごと破壊してやる。その方法だと、女王の死体が手に入らぬかもしれぬが……仕方があるまい。この三日が勝負だ。長引くと国家を二分する内乱になる。最終的に勝てたとしても、手に入るのは疲弊した国家ということになる。それではおもしろくない。短期決戦で決着をつけてやる」
短期決戦。
それは女王にとってもシャイアにとっても望むところだった。
そして。
その『望むところ』がいままさに、空からこの場所へと向かってきていた。
「……? 閣下。あれは……?」
ジローモが指さす方向。
月明かりに照らされているそれは、まっすぐこちらへ進路をとり、飛んでいた。
「なんだあれは……? 魔族の襲来か?」
シャイアは遠視の魔法でそれを見る。
魔族でもモンスターでもなかった。
それは、馬車だった。
たけり狂う四頭の馬が、大きな馬車を引いて――飛行していた。
そして御者が水色の髪を振り乱し、正気とは思えぬほどの笑顔で馬に鞭を入れている。
「魔法か! こっちへくるぞ! 狙いは私か!? くそ、飛行魔法などと! あんなことができるのは――メールエか? それとも救世主か? ジローモ!」
「はい!」
ジローモは帯びていた剣を抜いた。




