第80話 アルファード
シャイアはさらに、女王の出自に対しても噂を流した。
曰く、現女王は前王の子供ではない。母親が密通してできた、不義の子である。
そもそも彼女に王位継承権などなかったのだ、という噂であった。
「うひゃひゃ! 私は母親似だからねー! だから、お姉さんとそっくり!」
リリアーナはココに抱き着く。
そしてクンクンと匂いを嗅ぐと、
「ママと同じ匂いしてる! うひゃひゃ! うれしーねー!」
ふと気になったので聞いてみた。
「じゃあ、女王陛下とココの母親って今はどこに……?」
「毒殺された」
低い声でぼそっと言うリリアーナ。
その場がシンと静まる。
「うひゃひゃ! だからねー、今私の家族って言えるのはお姉さんだけなんだよ! うれしーね! たのしーね!」
そう言って、リリア―ナはココのでかいおっぱいにグリグリと顔を押し付ける。
なんてこった、この世界はほんと地獄だぜ。
わずか13歳で母親まで暗殺されてもなお、気丈にふるまっているリリアーナにある種の尊敬の念を抱きながらも、俺は言った。
「……ほんと、嫌になるぜ……。これから、戦いになる。それに勝利して、女王陛下を中心とした正しい国家をつくろう。……女王陛下、あなたはメールエの姿をしているときに言いましたよね? 『女王陛下も奴隷制をいずれ廃止しようとするかもね』と。それは女王陛下の本心?」
「そうさ。奴隷制度は人間の心をゆがめるよ! お姉さんも奴隷にされて苦労したんだろ? あの勇者ガルアドがあんな残虐な人間になったのも、もともと奴隷として酷使されていたのが原因かもしれない。奴隷制は世界の精神をゆがめていると思う」
「それだけ聞ければ十分だ。俺も女王陛下に協力するぜ。まず、どうする? ここはシャイアの本拠地だ。いったん脱出してどこかに拠点を築くか?」
「その暇があればそうするけど……そうはいかないだろうね。教会はあの演説の直後からシャイアの兵に囲まれているよ。ここで一戦交えるしかない。民衆たちはみな避難しはじめてる。ここが戦場になるってわかってるんだ」
窓の外を見ると、なるほど、武装した兵たちがぞくぞくとやってきている。
教会は町はずれにあり、昔は城としても使われたことがあるらしい。
堀まで掘ってあって、そこには水が張ってあった。
その堀の外側に、シャイア派の兵士たちが陣地を構築し始めていた。
「魔法の使える聖職者たちが魔法防壁を作ってる。そうそう簡単には破られないさ。だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。こっちからも打ってでないとね」
「敵の親玉を潰そう」
俺はそう言った。
驚いたように眉をあげるリリアーナ。
「つまり、シャイアのじじいを直接狙う?」
「そうだ。数がものを言う戦争になったらこっちが不利だ。その前にシャイアをつぶそう」
「どうやって? シャイア自身は本拠地の城にこもってこんな戦場には出てこないよ? そういうやつだ」
「大丈夫。手はある。ガルアドは宮殿にドラゴンで降り立ったと聞いた。この世界で、ほかにそんなことできるやつはいるか?」
「いないね。ドラゴンを飼いならすなんて『元』勇者ガルアドだからできたことだ。魔法を使うにしても、空を飛ぶ魔法なんて、メールエくらいしか使えないんじゃないかな?」
それを聞いて、俺はにやりと笑って言った。
「だが、俺たちにはできる。なにしろ、俺たちには……アルファードがあるからな。やられたら、やり返す」




