第73話 情報はすべてを制する
俺たちの乗った馬車は、シャイアの本拠地イマルに向かってひた走る。
いや、正確にはひた〝飛ん〟でいた。
真夜中に空を飛ぶ馬車なんて。サンタクロースでもあるまいし。
でも、この調子なら夜が明ける前にイマルに着きそうだ。
「私の本当の名前はね、リリアーナ・オーレリア・テネスティアっていうんだ。うひひ」
「はあ?」
シュリアは呆れたような声を出した。
「それって、女王陛下のお名前じゃない。何言ってるの?」
「だから、私が女王陛下なんだなあ、これが。うひゃひゃ。メールエの魔法で変身してるだけなのさ、うひゃ」
「ま、まあその笑い方、確かに似てなくもないけど……」
俺は最初、こいつが冗談を言っているのだと思った。
そもそも全然女王っぽくないし……。
笑い方が下品だし……。
いや、でもそう考えると、こいつのステータス、魔力がSだったからなあ。
普通ならそれでも十分に高い方なんだけど、天才魔術師として考えればずいぶん低いなとは思ってた。
それに、通信魔法も使えないとか言ってたな。
さっきの通信魔法だって、今目の前にいるこっちの少女が発動したんじゃなくて、向こう側の女王陛下の方からの発動だったように思える。
「あ……魔法がきれそう……うひゃひゃ!」
メールエ……じゃなかった、リリアーナがそう言う。
とたんに、メールエの姿をした彼女の全身を、ピンク色をした雲のようなものが覆った。
ぽわんぽわんぽわ~~~~ん、という冗談みたいな音を発し、その雲が消えると。
そこにいたのは、まったくの別人だった。
青みのかかった金髪ショートカット、碧い瞳に白い肌。
すげえ小顔だ。
「…………!! 本当に、女王陛下……!?」
俺たちの中で唯一女王の顔を知っているシュリアが驚きの声をあげる。
「うひゃひゃ! そうなんだよねー。メールエのやつがさ、宮殿にいたら殺されますよ、逃げてくださいって言ってさー。逃げるったってどこ行こうと思ったんだけど、そうだ、ガルアドと敵対している救世主がいるじゃん! 救世主と言ったらテネス様の御使いだし、テネス様の子孫たる私を守ってくれるだろう、ってことで、メールエの追跡魔法で場所を特定してお兄さんのとこに来たってわけ」
まじかー。
あれ?
ちょっと待てよ?
「え、ってことはさっきの、ココがお姉さんってやつは……?」
「いやねー、私のママはもともとほかの貴族と結婚して子供を産んでたんだけどさ。あんまり美人だったから、当時の王……つまり、あたしの血縁上の父親だよね、そいつがママの旦那さんの貴族に罪を着せて流罪にしてさー、んであたしのママと文字通り略奪婚したわけ」
なんだそりゃ、ひでえ話しだ。
「ま、もちろん正妃とかじゃなくて側室なんだけど。で、そんときすでに産まれてた女の子も王都から放り出したってわけ。辺境のシーネ村にね。ママからその話は何度も聞いたよ。シーネ村が魔族に襲われて壊滅したって聞いたから、死んでるんだと思ってたら生きてるんだもん! うーれしーね! たーのしーね! こんな出会いがあるなんて、人生もやなことばかりじゃないね!」
「そ、そんな……私はライラネック家の……」
「うひゃひゃ! ママの元旦那さんはライラネック家とはあんまし関係ない貴族だったからねー。お姉さん、貴族の血はひいているけどライラネックじゃーないかなー」
なるほど、つまり、この女王陛下とココは父親が違う姉妹ってことか。
そう思ってみると、なるほど、顔がそっくりだな。
金髪に碧い瞳も一緒だし……。
と、その時。
さきほどと同じように、馬車の中に突然画面が出現した。
そこに映ったのは、さきほどまで隣にいたと思っていた少女。
つまり、メールエだった。
赤みのかかった長い金髪、こっちはこっちでかなりの美少女だけど……。
だけど、血まみれだった。
血まみれどころか、片目がつぶれてそこからだらだらと血を流している。
さすがのリリアーナもびっくりしたのか、悲鳴を上げる。
「うひゃーーー! メールエ、大丈夫かい!?」
「陛下。すみません、ガルアドを逃がしました。惜しいところだったのですが……。これから追いかけるつもりですが、私もかなりのダメージを負っています。治癒魔法で治りますが、魔力の回復に一日はかかります。陛下はこれからどちらへむかわれるおつもりですか?」
「いや、まじで大丈夫? 通信なんていいから、早く治癒魔法使いなよ」
「それより陛下です。今どこですか?」
「イマルに向かっているとこ。そこの、テネス派の教会を根城にしてシャイアのじじいをお仕置きしてやろうと思ってさ」
「この騒ぎで女王陛下の安否が案じられています。ご健在なことを、なるべくはやく国民にお知らせください」
「わかった、なにか手を考えるよ」
「それに、救世主よ……」
メールエは、今度は俺に話しかけてきた。
「女王陛下をお頼み申し上げます。国家などどうなってもいいですが、女王陛下だけはお守りください」
国家なんてどうでもいい、か。
それでもリリア―ナ個人の無事を願っているとか、まるでセカイ系だな。
「わかった。そのかわり、落ち着いたら俺たちを白金貴族にしてくれよ」
「女王陛下の命に私は従います。どうかお気をつけて。無理そうならば、イマルを避けて東の方へお逃げください。東には女王陛下のお味方の貴族が少なからずおります」
「わかった。いざとなったらそうする。女王陛下は俺が守る。まかせといてくれ」
「お願いします。魔力が尽きそうなので、今はこれで……。あとでまた連絡します」
そして映像がプツンと切れた。
俺はリリアーナの方を向く。
さっきまでメールエの姿をしていたから、なんだかすごく違和感があるなあ。
「陛下」
「陛下なんて呼ばなくてもいーよ! なりたくて女王になったんじゃないし。リリーって呼んでくれてもいーんだよ? うひゃひゃ」
「そうはいきません。できるだけの協力はしますが、ひとつ、お願いがあります」
「なんだい?」
「今回の件が終わったら、ライラネック家を復興してもらいたい。そして、ココを本当の意味でライラネック家の令嬢にしてやってほしいんだ」
「……? 王族じゃなくていいの? 私のおねーさんだし」
リリアーナは隣にいたココにぴったりと身をよせる。
「今はもう、私の唯一の肉親だよ」
ココはなにがなんだかわかっていない顔で、
「そんなことしなくて私はライラネック家の令嬢ですわ……」
とか言っている。
「陛下、約束してくれ。そうしたらいくらでも陛下の味方になるから」
「わかった。じゃー女王として今認定する!」
「は?」
「今からお姉さんは断絶したライラネック家を継いでココ・ライラネックを名乗ってもいいよ! そのかわり、シャイアのじじいをぶっとばすの、手伝ってくれな!」
こうして、奴隷少女だったココは貴族となった。
ココは顔をぽわーっと赤くしてその会話を聞いていた。
「なんだかおかしいですわ……夢を見てるみたいですわ……」
俺はそんなココを抱き寄せた。
ココは抵抗するどころか、俺にくっついてくる。
ほっぺたを真っ赤にして俺の顔を見上げてる。
うーん、あいかわらずかわいいなこいつは。
よっしゃ、これでやる気がでたぜ。
まずは、女王陛下の健在を国民に知らせなきゃな。
情報はすべてを制するのだ。




