第72話 月光の爆発
「なかなかやるではないか。魔王軍のドラゴンですら、俺の一撃をここまで防ぐことはできなかったぞ。あいつらでさえ、なすすべもなく真っ二つになったというのに、この俺とここまで互角に戦えるとはな」
「あなたこそ、さすが勇者ですね。13歳の陛下を嫁にもらおうなどと、とんだロリコンのくせになかなかやりますね」
「はははは! 女など、裂け目があればそれでよいのだ! 10歳だろうと100歳だろうと俺はかまわんぞ」
「変態ですね」
「女ならばだれでも平等に愛する、博愛主義者だぞ。見た目にもこだわらん。それとも、若く美しい女ばかり追いかける男の方が好みか?」
「私の好みは女王陛下ただ一人。そんな女王陛下の姿になれて私は今幸せの絶頂なのです。相手の許可がなければこの魔法は使えませんからね。この作戦は良い口実になりましたよ」
「お前の方こそ変態ではないか」
「私が変態ではないとは、一言も言っていません。さて。あなたも死すべき時が近づいてきましたね」
「あ?」
「私はあなたの力を知っています。人間を殺し、そのマナを手に入れて戦闘力を向上させる能力。しかし、あなたの戦闘力にも上限はある。せいぜい十人分までのマナしか取り入れることはできない。さきほど何十人の衛兵を殺したかわかりませんが、そのすべてのマナを取り込めたわけではないはずです。常に人間を殺し続けないとあなたは最高のパフォーマンスを発揮できない。あなたの戦闘力はいまほどのぶつかり合いでずいぶん減ったはずですよ。そしてここにはもう、あなたがマナを取り込むための人間はいない」
「……………………」
「私の、最高の攻撃魔法をお見舞いしてやります。消耗したあなたに、それが防げますか?」
「ふん! 我が力をもってすればお前など一刀両断できるのだ。魔法の詠唱が終わる前にお前の首が飛ぶだけだ! 行くぞ!」
ガルアドは剣を両手で握り、
「うおおおおおおおおおお!!」
と叫んだ。
ガルアドの全身を真っ赤なオーラが包む。
メールエも詠唱を始めていた。
「天におわす女神テネス様の御心に従う。大月は舞い、小月は巡る。二つの月よ、テネス様の力を我に伝えよ。二つの月の光よ、交われ――」
「遅い! 戦場で詠唱など!」
ガルアドがメールエに突っ込んでくる。
メールエの詠唱はまったく間に合っていない。
大きな身体が、信じられないほどのスピードで距離を詰めてメールエに襲い掛かる。
詠唱はまだ終わらない。
ガルアドの剣が、赤黒く光る。
禍々しい色だった。
「もらったぁぁぁぁぁ!!!」
ガルアドの剣がメールエを真っ二つにする、その直前。
背後で、床に落ちていたメールエの杖が自律して宙に浮いていることなど、ガルアドは予想もしていなかった。
そこから、青い光線が発射されてガルアドの背中を貫いた。
血が噴き出る。
剣の動きが止まった。
だが、国家に勇者と認められたガルアドにとって、その程度は致命傷にはならない。
「こしゃくな!」
ガルアドはかまわず、そのまま剣を振り抜いた。
それと同時に、メールエの詠唱が終わった。
「月光の爆発!!」
★
その光景を、王城内の人間は驚きとともに見た。
勇者ガルアドが女王陛下を襲いにきた、との報告が上がってきていた。
近衛兵の宿舎にもその知らせは届き、近衛兵たちはいそぎ武装を整えていた。
王城内にいた下級貴族たちは乱戦を予感し、逃げ出そうと準備をしていた。
そのとき。
宮殿の一角が、大爆発を起こしたのだ。
地面が揺れ、轟音が響いた。
爆風によって建物の破片が王城全域にパラパラと落ちた。
城内には男の怒号や女の悲鳴が飛び交う。
「陛下は!? 女王陛下は無事か!?」
王城を囲う城壁の上からは、燃え上がる宮殿の炎がよく見えた。
それを見つめる不安そうな顔の城兵たち。
そのとき。
夜空で光る二つの月、燃え上がる宮殿。
「おい、あれを見ろ!」
一人の城兵が空を指さす。
そこに見えるのは、一頭のドラゴン。
そのドラゴンは、巨体の人間のベルトを口にくわえている。ぶら下がるその男は、ピクリとも身動きをしていない。
月明かりの下、ブレイブドラゴンは夜空の向こうへと飛んでいった。




