第69話 君の名は
「おおおおおおおおお!?」
その頃。
俺たちは、真夜中の街道を爆走していた。
「アリアァァァァ! はやすぎるぅぅぅぅ!!」
まさに爆走、いや暴走。
俺たちの乗ったアルファード――じゃなくて馬車は、あってはならないほどのスピードで北上していた。
きっかけは、メールエの一言だった。
「奇跡を起こせる救世主ってんならさ、馬車のスピードアップってできないの?」
結論から言おう。
できた。
できたが。
できすぎた。
俺がココの手を握って念じると、馬車全体が光に包まれ、四頭の馬はたけり狂い、ついでに御者であるアリアまでたけり狂ってとんでもないスピードを出し始めたのだ。
街灯などないこの世界、こんな真夜中に街道を行くものはだれもいない。
そんな中、俺たちの乗る馬車はあってはならないほどの猛スピードを出していた。
アルファード号の一番うしろの座席で、
「こ、こわいですわ……」
ココが俺にしがみついている。
「うひゃひゃ! これはおもしろーーい! けど怖い!」
俺にしがみついているココに、さらにメールエがしがみついている。
シュリアとニッキーもキャーキャーと声を上げている。
ついてくる予定だったガルニたち騎馬もあっというまに後ろへと消え去ってしまった。
と、その時だった。
ココにしがみついているメールエの目の前に、突然、7インチほどの画面がパッと出現した。
メールエの通信魔法だ、とすぐにわかった。
「うひゃひゃ! これはこれは女王陛下! どうしましたか?」
「……なんだか楽しそうですね。手短に言います。ガルアドがここ、宮殿にやってきました。私を殺すつもりでしょう」
「なんだと!?」
俺は思わず声を上げる。
「もうすぐここに来るでしょう。メールエ、あなたのいる位置は?」
「テラル村に向かっているとこだよ!」
「そこにはガルアドはいません。ガルアドはすぐここに来るでしょう。もう時間がありません。今後の判断はまかせます。救世主よ、その子を……メールエをどうか守ってくださいね」
そしてプツン、という音ともに画面が消えた。
「ガルアドは王都にむかっていたのか! やられたぜ! 女王陛下を救いに行こう! このスピードなら間に合うんじゃないか?」
俺が言うと、メールエは首を振る。
「いや、さすがに間に合わない。女王陛下のことは心配しなくていいよ。ちゃんと策を打ってあるんだ。それよりも、それならこのままテラル村を超えてさらに北上するってのは?」
「さらに北に行くってのか? どうすんだ?」
「イマルへ行こう。シャイアの本拠地だ。シャイアはリューン派だけど、そうはいってもテネス派の教会もある。そこを拠点にしてシャイアを反逆の罪で問い、失脚させる!」
「そんなことできるのかよ?」
「大丈夫! ガルアドを女王陛下のもとに差し向けるなど、明らかな国家反逆! あのじじい、もう許せない! 私たちにはお兄さん、あんたがいるからね! 私は攻撃魔法得意じゃないけど、お兄さんの起こす奇跡があれば実力行使でねじふせることができるだろう」
「くそ、俺がどっか行こうとするたびに事件がおこりやがるぜ! ……ほんとにこのままでも女王陛下は無事なんだな!?」
「……うひゃひゃ! 多分ね」
「多分ってなんだよ! 女王陛下がガルアドに捕まったりなんかしたら、俺たちはもう終わりだぜ!」
「それは大丈夫だよ! この天才魔術師メールエがいる限り、王位簒奪なんて絶対に許さないからね!」
「くっそ、とにかくイマルへ行くしかないか! もうこっちも主導権握られっぱなしでイライラしてたところだ! シャイアのじじいとやらをぶっ飛ばしに行ってやる! メールエ、お前の魔力ももらうぞ!」
キュイーン!
ココとメールエの魔力が変化する。
ココ
魔力 SSSSS⇒SSSS⇒SSS⇒SS⇒S
メールエ
魔力 S⇒ENP
あっというまに二人の魔力を吸いつくす。
「ひゃっほーーーー! きんもぢいいいいい!」
御者席からアリアの叫びが聞こえ、馬車はさらにスピードアップする。
ガタガタという車輪の音が消えた。
……これ、宙に浮いて走っているぞ……。
アルファードっていうよりももはやリニアモーターカーだな。
強烈なGで座席に押し付けられる俺たち。
そのとき、メールエが懐から一枚のくしゃくしゃになった絵を取り出した。
「うひひ。女神テネス様のつかわした救世主は最高だ! テネス様、この出会いを私にくださってありがとうだよ!」
そしてその紙にチュッとキスし、その絵を俺とココに見せた。
描かれているのは、手描きの女神テネス。
片手にトウモロコシを持ち、雲に乗っている。
「え!? 嘘!?」
ココも自分のカバンから丁寧に折りたたんだ紙を取り出した。
それも絵だった。
見覚えがある。
狭くてかび臭いココの住んでいた奴隷部屋に飾られていた手描きの絵だ。
あんまりうまくないけれど、見比べると、どう考えても同一人物によって描かれたとしか思えないほど絵のタッチがそっくりだ。
「おや、それどうしたの?」
「絵本は燃えてしまったけど……無事なページだけ切り取っておいたのですわ……」
「うひゃひゃひゃひゃ! 人生、くっそつまんないことばっかりだと思ってたけど! たーのしーねー! うれしーねー!」
ココは自分の絵と、メールエの絵と、メールエの顔を順番に見ながら、訳が分からない、といった顔をしている。
「これは私のママが描いた絵さ! へったくそでしょ? ふふふ、あんまり教育も受けてないからさ、羽が生えているはずのテネス様を雲に乗せて描いちゃってる!」
「ど、どういうこと……」
「お姉さん、お姉さんの持ってるその絵も、きっとお姉さんのママが描いた絵だよ! んでもって、同じ人! うひゃひゃひゃひゃ! お姉さん、お姉さんはライラネック家の令嬢なんかじゃないよ! でも、私のお姉さんだ!」
はあ?
いったいなにを言いだしてるんだ?
「うひゃひゃ! その金髪に青い瞳! ママそっくり! そして私にも似ているよ!」
そうか?
メールエも確かに金髪だけど、顔がそっくりかと言われれば違う気がするが……。
「お姉さん! それに、お兄さん! 今のうちに言っておかなきゃいけないことがあるよ! 私の本当の名前だ! 私には本当の名前があるんだよ! うひひ、教えてあげる! 私の本当の名前は……」
その名前は、少なくとも俺には聞き覚えのない名前だった。




