第68話 ガルアドの襲撃
王都には王城があり、周りを城壁で囲まれている。
巨大な王城はこの国で最も高さのある建築物であり、まるで王都を睥睨するかのように屹立していた。
だが、女王の普段のすまいはそこにはない。
王城のすぐそばに並んで立っている宮殿。
そこが女王が日常を過ごしている建物となっている。
宮殿は数百人の近衛兵たちが交代制で君主の住居を守っていた。
その宮殿の正門玄関。
五十人ほどの近衛兵が営所に詰めているそこに、一頭のドラゴンが降り立った。
勇者ガルアドであった。
このような来訪の仕方は、もちろん許されてなどいない。
ひらりと竜の背から飛び降りたガルアドは、帯剣したままであった。
帯剣して宮殿に空から降り立つとは。
法に照らしても重罪に値する行動であった。
「いったいなんだ?」
「勇者様だよな……? なにかあったか?」
「おいお前、聞いているか?」
「いやなにも報告は来ていないぞ」
ざわつく衛兵たち。
衛兵の中の小隊長がガルアドに話しかける。
「……? これは、勇者ガルアド様ですか? 真夜中ですぞ? こんな時間に、所定の手続きも踏まずにドラゴンで来られるとは。どうしたのですか?」
「ふふふ。女王陛下にちょいと用があるのでな」
「女王陛下の許可は出ておりませんぞ」
「出ているのだ。お前が知らぬだけでな」
だが、小隊長は引かない。
「私が知らないということは、そんな許可は出ていないということです。ここは王城の城壁の中。勇者ガルアド様といえど、法に触れる行いは慎んでいただきたい。明日にでも、正式に謁見の手続きを踏んでおいでください。今日はお引き取りを」
「ふん、なかなか教育の行き届いた衛兵ではないか。見上げたもんだな。だが――」
ガルアドは腰に下げた鞘から大剣を抜いた。
「なにを……?」
「どうしても、今女王陛下にお会いしたいのだ。邪魔するというならば――殺す」
小隊長は胸にぶら下げていた笛を口にくわえ、そのままさらに言う。
「お引き取りを。そうでなければあなたを捕縛します」
「できるかな? 衛兵ごときが、この勇者ガルアドを、捕縛など!」
ガルアドが大剣を振りかぶったそのとき、小隊長が鳴らしたホイッスルの音が宮殿に鳴り響いた。
★
「んっ、あ、あああ!」
女王、リリアーナが鏡の中の自分を眺めながら、自らの指で絶頂を迎えた瞬間、緊急事態を告げる笛の甲高い音が遠くで聞こえた。
リリアーナは濡れた指をペロリと舐めると、
「来ましたね……本命が」
と言った。
「少しは余韻にひたらせてほしかったのですが……。今日のオナニーは人生最高でした」
などと独り言を言いながら、壁に飾られている絵本をちらりと見た。
女神テネスが雲にのるなど、聞いたこともない。
手作りの絵本。
それを持っているのは、この世で二人だけなはずだった。
シーネ村に預けられた女の子――。
その子は、もしかして、本当に――幼いころ家を追い出されたという、『あの人』の血縁なのかもしれなかった。
だが、リリアーナにとっては、自分のことではなかったので、それ以上考えるのをやめた。
今重要なのはそれではない。
クローゼットに行き、一枚の服をとってそれを身にまとう。
コバルトブルーのワンピース。
そこにはいろとりどりの魔石が縫い込まれている。
「……ガルアドの襲撃でしょうね。そろそろ、来ると思っていました」
リリアーナはクローゼットの奥に隠していた、魔法石が飾られた長い杖を手に取った。
勇者ガルアドは、人間を殺すほどその戦闘力を増す。
奴隷に限らず、人間ならば誰でも良いのだ。
社会の中での摩擦を避けるために、殺してもとがめられない奴隷を殺しているだけなのだ。
目的は女王である自分、リリアーナだろう。
――衛兵を殺してその力を増しながら、私を殺しに来るのだ。
犠牲者を増やさぬようにするため、リリアーナは自らその姿をガルアドの前に見せる決意をしていた。
しかしその前に、この事態を救世主と一緒にいるメールエに知らせなければならない。




