第64話 『本当の』
救世主たる俺を、女王陛下もメールエもシュリアでさえも、利用しようとしている。
ならば、俺も利用しかえしてもいいってもんだろう?
俺たちは通りを歩いていた。
先導するのはガルニの騎馬。
シュリアがニッキーの差している日傘の下で歩いている。
そして俺と俺にぴったりくっついているココ、そのココを挟んで、メールエがココの隣を歩いている。
ココと反対方向で俺の隣を歩いているのはアリアだ。
さらには俺たちの後方を4騎の騎馬が守っている。
馬車に乗っても良かったのだが、たまには歩いて身体を動かさないと病気になる、とシュリアが言い出してこうして歩いている。
アリアが俺越しにココへ話しかける。
「ねえねえ、ココっち。……なんか、さっきから歩き方、おかしくない? 足かどこか、痛いの?」
「え? そんなこと、ありませんわ。別にどこも痛くありませんわ」
すました顔でそう言うココ。
でも、確かに歩き方が少しぎこちないというか、なんというか。
「ふひひひ。うひゃひゃひゃ! 女の子はねえ、初めてのあとは異物感があるもんだよ! そっかー、お姉さん、昨日が初めてだったんだねえ! 女神テネス様も大喜びだと思うよ!」
メールエが嬉しそうに言う。
言われたココは恥ずかしそうに頬を染めたが、別にうつむくこともなく、逆にそのでかい胸を張って余裕の笑みを浮かべた。
「おほほほ。私は知りませんわ。メールエさんもなにを言っているのかしら?」
ココ
身体能力 E
教養 D
戦闘能力 E
魔力 SSSSS
好感度 ULTIMATE
ULTRAだった好感度がULTIMATEになってる……。
よかった、昨日のアレで下がっていたらどうしようかと思っていたんだよ。
満足いただけたようでなによりだ。
まあその話題は俺も恥ずかしい気もするので、話題を変えるように俺は言った。
「メールエはもともと戦神リューン派であるシャイア閣下の部下だったんだろう? 生と死を司る女神テネス様の流儀に従っていていいのか?」
メールエは笑って、
「ふふん、そうだったかな? リューン派の教義なんて知らないよ。どうせ血なまぐさいし。私はもともと産めよ増やせよまぐわえよ、のテネス様の教えにどっぷりはまって育ってきたからね!」
そうなのか。
なのに、リューン派のシャイアの部下として拾われていたのか。
仲たがいして袂を分かつ理由もわかる気がするな。
まあこの世界の宗教観はまだいまいちわかっていないけどな。
「で、俺たちは奴隷市に向かっているわけだけど。……そこに、ガルアドもくるかな?」
「可能性は高いと思うよ! 合法的に安く奴隷を仕入れられるからね! で、そこでガルアドに会ったらどうする?」
「そうだな、そのとき考えるさ」
俺はそう言ったが。
実は、ガルアドを『殺る』気まんまんだ。
俺は考えた。
この異世界に来て、救世主だとか言われて。
俺がこの世界でやりたいことは何だろうって。
ココの手は、今も俺の手を握っている。
俺はココの顔を見る。
ココはそれに気づいて、すぐに視線を返してくれて、ニコッと笑った。
その上、「くふふ」とか笑って俺に身体をくっつけてくる。
メールエはそのココの袖をちょいちょいと引っ張って、
「彼女ヅラすごいよ、お姉さん! お兄さんも公衆の面前でいちゃつくの、控えてもらいたいなあ」
などと言っているが、その顔は嬉しそうだ。
幸せそうに笑っているココの顔を見て、メールエも「にひゃひゃ!」と笑っている。
「いやあ、お姉さんが嬉しそうだと私もなんだか気分がよくなるよ!」
ビコンッ!
このタイミングでメールエのステータスが変化する。
メールエ
身体能力 D
教養 SS
戦闘能力 D
魔力 S
好感度 A⇒S
ええ……?
なにこいつ、このタイミングで俺への好感度があがったんだけど。
逆に意味不明で不気味だ。
しっかし、ほんと天才魔術師としてはこのステータスは不思議だよな。
魔力S〝しか〟ないなんてな……。
いやそれはともかくだ。
俺は、ココを自由の身にしてやりたい。
そのためにはまず、奴隷の刻印を消す必要がある。
天才魔術師メールエにかかれば、簡単にできると言っていたな。
でも、それには設備の整っている彼女のラボに行かなければならない。
で、そのラボは王都にある。
さらには、メールエの目的は女王陛下の権力基盤の強化だ。
メールエにココの奴隷の刻印を消してもらおうというならば、俺もメールエに助力して女王陛下に与することになる。
それが成功すれば、俺にも最高の貴族の位、白金貴族の称号を与えると女王陛下は言っているらしい。
ぶっちゃけ、政争も戦争もどうでもいい。
ココのためにならばなんでもしてやる。
全部放っておいて、二人で逃げて、辺境でスローライフを目指すのもいいかもだが。
自分を貴族の令嬢だと思い込むことでなんとか今まで生きてきたココのことを思う。
ぎゅっとココの手を握ると、ココは強く握り返してきた。
「うふふ」
澄み切った笑顔で俺を見上げてくるココを見て、俺は決心していた。
お前を、『本当の』貴族のお姫様にしてやるぞ。
まずは、奴隷を殺して自らの力とする外道、ガルアドを倒す。
そうすればシャイア派の力も削げるし、俺が白金貴族になる道も開けるだろう。
そんな俺の表情を見てとったのか、メールエが言った。
「うひゃひゃ! 今、魔王よりも人間の方が怖い、とか思っているだろう?」
「正解だ。それに、人間同士で相争っていたら、それこそ魔王軍につけこまれるからな。今から短期決戦で王国をまとめなきゃいけない」
そうこうしているうちに、俺たちは奴隷市場にたどり着いた。
そこには、俺の想像以上に凄惨な光景が広がっていた。




