第63話 通信魔法
同じころ。
宿の別の部屋で、メールエは壁をじっと見つめていた。
揺らめくロウソクの火が、白い壁にメールエの影を映しだしていた。
炎の揺らぎとともに揺れるその影をただ、見つめる。
しばらくすると、そのジジッという音とともに、壁にはメールエの影と別のものが映し出された。
メールエはにやりと笑う。
そこに見えるのは、一人の少女だった。
まるですぐそこにいるようにはっきりとその姿が見える。
青みのかかった金髪ショートカット。
碧い瞳、白い肌、薄い唇。
豪奢なドレスを着ていて、そのドレスにはきらびやかな宝石がいくつも輝いている。
「これはこれは女王陛下。あいかわらずお美しい。女王陛下ほどの美少女は見たことないですよ。うひゃひゃ。こんな美少女が世の中にいるとは、この世界も捨てたもんじゃないねえ」
メールエがそう笑いかけると、映像の少女は表情を変えずに答える。
「そうですね。私もそう思います。毎朝、鏡を見るたびに、自分の顔の美しさに息を呑みます」
メールエによる、遠隔通信魔法だった。
トモキによるものよりも精度の高い魔法なのか、その映像と音声はよりはっきりくっきりしている。
「うひゃひゃ! で、女王陛下様。報告があるよ! デール卿の長女、シュリアちゃんは私たちに協力すると約束してくれたよ!」
「そうですか。それはよかった。救世主は? そもそも本物ですか?」
「間違いないね! この天才スーパー魔術師メールエくらいしか使えないと思ってた通信魔法をこともなげに使ってみせたしね! ありゃほんものだよ。それに、ほかの収穫もあった。救世主にぴったりくっついている奴隷、シーネ村の出身だって! それに、絵本の話も知ってた。世界に二つしかない、お手製の絵本だよ。テネス様が雲に乗って飛ぶバージョンのやつね」
「そうですか。その話については私の興味外ですが。のちのち王位をおびやかすようであれば処分しますか?」
「とんでもない! そもそも、救世主のオンナみたいだしね! さっき救世主の部屋に入っていくのを見たよ。救世主様といえど俗物だね」
「女神テネス様の教義は産めよ増やせよ、です。女神様の御心に従った行動と言えましょう。それよりも、私からも報告があります」
それを聞いて、メールエはピクリと眉を動かした。
「なんです、女王陛下?」
「今日の夕食にも毒が入れられていました。毒見役が実行犯だったようです」
「ほう! 女王陛下、それ食べちゃった?」
「私に毒は効きません。あなたも知っているでしょう? 私を殺そうというのならば、毒やら呪いの魔法やらでは不可能です」
「さすが女王陛下!」
「シャイア派によるものでしょう。ほかに動機のある者はいませんからね。そのうち、毒殺などと迂遠なことをせずに、兵を差し向けて直接私を殺しに来るかもしれません」
「そんなことをして王位を奪ったとしても、大義名分がたたなくないかなあ?」
「この世界は実力と結果がすべてです。理屈はあとからなんとでもつけられますからね。シャイアの持つ最強戦力は勇者ガルアドです。もしかしたら、彼が直接私を狙ってくるかもしれません。そうしたら返り討ちにしますが」
「さっすが女王陛下! でもたぶん、勇者ガルアドは私がいるこの商業都市ゴーラに来るよ? 今奴隷市が開催されてる。奴隷を調達しにくるだろう」
「それならば、救世主をガルアドにぶつけなさい。あなたは無理せぬように。ガルアドがその地に来たならば、私にすぐ知らせなさい。私自身も兵を率いて駆けつけましょう」
「ふふふ。自分が勇者と認めたガルアドを討伐しなきゃならないとはね……」
「たしかに、皮肉なものですが。そして、一度ガルアドを勇者と認めた以上、それを討伐する大義名分も必要です」
「そこはうちらで相談したじゃん! うまくやるよ」
その日の通信はそれで終わった。
メールエはベッドに飛び乗るようにして横になると、大きく息を吐いてひとりごちた。
「みーんな女王陛下を殺したがってるなあ。そんなに王位が欲しいかねえ。そんないいもんじゃないのに」




