第56話 天才魔術師
その女性――いや、女の子と言うべきか、彼女は見るからに上等な服を身にまとっていた。
ココよりも濃い色の、少し赤みがかった金髪が彼女の腰まで覆っていて、長い裾の薄い紫色のドレスを着ている。
彼女は長いまつ毛の瞳をぱちくりさせて、俺を見た。
「あなたが、うわさの救世主様?」
「なぜそれを……?」
「だって、馬車の紋様、キャルル家のものだもの。そもそも、シュリア・キラミドア・キャルルちゃんがいるじゃない」
彼女はシュリアに向かってニッコリと笑う。
シュリアは困惑した顔だ。
「どこかでお会いしたことありましたか……? そうであれば失礼しました」
そう言って、少女を眺めるシュリアだが、どうも誰だったか思い出せないようだ。
「あの、本当に失礼ですが……」
「うひひひ! 私? 私の名はメールエ。メールエ・マリミド・ミルーよ! あ、最近貴族の末席に叙されたばっかだから、シュリアちゃんは私の顔、知らないかもね!」
「メールエ……さん?」
シュリアは首をかしげる。
「そう! 私はまだ等級なしだから銀等級貴族のシュリアちゃんの方が格上だけど……でも、年も近いし! シュリアちゃんでいいよね!?」
「え、ええ、まあかまわないですが……」
んー?
メールエ、ってどっかで聞いたような聞かなかったような……?
と、そこで、そばに控えていたアリアが俺の袖をクイッとひっぱった。
「あの、ご主人様、メールエ様といえば……天才魔術師と名高い方……。宮廷魔術師のシャイア様の部下だった……」
メールエはアリアを指さして、
「ご名答! それそれ! 私さー、シャイアの……いや違った、シャイア閣下の部下だったんだけど、ケンカしちゃった! あいつ……じゃなかったシャイア閣下ってば金さえもらえばどんな悪辣なことでもしちゃうんだもん! 私にまで片棒担がせようとするし……」
まじか、この子が噂に聞いた天才魔術師だってのか?
それにしてはステータスが……。
彼女は息継ぎもせずにしゃべり続ける。
「で、シャイアに追い出されそうになったんだけど、いやー、私ってば女の子に好かれるタイプだからさ。女王陛下にかわいがられてたんだよねー。女王陛下ってば、最高に綺麗な顔しててプロポーションも抜群だし、清楚で素敵な性格してらしてるんだけど、ほら、孤高の美少女って感じで地位も高すぎるし年の近いお友達っていないじゃない? そこで私みたいな性格の女の子を気に入ってくれたみたいでさ! 私、距離感バグってるってよく言われるけどさ、悪いことばかりじゃないね! 女王陛下のおとりなしでシャイアのじじいに正式に破門されそうになったところに、女王陛下が横やりいれてくれてさ! 無理やり私を貴族身分にして直臣にしてくれたの! 女王陛下の後ろ盾はじじい……じゃなかったシャイア閣下の政敵だから、それはもうドロドロとした宮廷内闘争があって……」
いやマジでめっちゃしゃべるなこの子。
「そうですか、お会いできて光栄ですわ。改めまして、私はキャルル家の当主、デール・カヌグ・キャルルの長女であり次期当主、シュリア・キラミドア・キャルルですわ。お見知りおきを」
「そーーんなかたっくるしい挨拶抜きでいこうよ! ふひひ!」
「挨拶は貴族としてのたしなみですわ……」
と、そこに。
ココまで前にずずいっと出てきた。
あ、やばい、お前はまずい。
シュリアとかその妹のミラリスとかはシャレが通じるかもしれんけど、初対面の貴族にそれは……。
止める暇もなく、ココも挨拶し始めた。
「おほほほ! 私はライラネック家の令嬢、ココ・ライラネックですわ! 以後よろしくお願い申し上げますわ! おほほほ!」
聞いた途端、メールエの顔がグワッと歪んだ。
「ライラネック家……? あそこは五十年前に断絶したはず……」
「おほほほ! 私は正当なライラネック家の令嬢ですわぁ!」
俺は慌ててココの腕をとって引っ張った。
んでもって、メールエに向かって自分の頭を指でトントンして、
「いやあ、すみませんね、この子、俺の奴隷なんだけど、ちょっと、アレがアレしてアレなんで……。ええと、ココ、ジュース! ジュースあるから飲んでていいぞ! ってか飲んでろ!」
「おほほほほ! 救世主様のご命令とあればジュースをいただきますわ!」
冷や汗が流れるぜ。
ごまかせたかな?
そう思ったんだけど、全然ごまかせていなかった。
「ちょっとちょっとー。ライラネック家って……。跡継ぎが生まれなくて五十年前に断絶してるんだってば!」
「おほほほ! 私はその正当なる血筋を受け継ぐのですわ! 幼いころにシーネ村に預けられて、そこで……」
俺は全力でココの腕を引っ張る。
「いいから! こっちでジュース飲んでろ! いやあ、すまない、ほんと、悪気はないんだ、アレがアレしてるから……」
「ふひひ、面白い子じゃなーい! シーネ村? 頭脳明晰記憶力抜群の私は国内の地理、全部知ってるよ! シーネ村って西方の村でしょ? 預けられたってのはほんとだと思うけどねー。だってさ、あの辺だと地域的に金髪っていなくない?」
俺はココを無理やり部屋の奥に押し込み、椅子に座らせてその口にストローを突っ込む。
「ジュルジュル! あらおいしい。あの村では金髪なんて私しかいませんでしたわ……。だからいじめられて……でもあの農家の主人は喜んでいて……それで……毎晩……」
やばいやばい、ココのトラウマをほじくりだしちゃうぞ。
確か、そのころは養父となった人物に性的ないたずらをされていたっぽいからな。
もういろいろはちゃめちゃになりそうだ。
「ふーん、シーネ村の唯一の金髪かー。ま、王都じゃ珍しくないけど! 一番多いまである! 私もそうだし、女王陛下だって金髪! 金髪同士仲良くしましょー! ふひひ! おもしろい奴隷さんだ!」
……ふう。
とりあえず、メールエは奴隷が貴族を名乗ったことに対してそんなに怒っていないみたいだ。
ま、たしかにそういう格式とか、あまり気にしない性格に見えるしな。
「メールエ様もなにかお飲みもの召し上がりますか? ニッキー、紅茶でも淹れて頂戴。せっかく偶然にもお知り合いになれたのですもの、お話しましょう」
シュリアがそう言うと、メールエは、クックックッ、と笑って言った。
「偶然じゃないんだなあ、これが。私、女王陛下に直々に命じられてここに来たのさ! お話は大歓迎!」
メールエは勝手に部屋の中に入ると、ココの隣の椅子にドカッと座った。
あーあ、せっかく引き離したのに。ココのやつ、これ以上失礼なことを言わないといいけど。
それはそれとして。
俺は少し、違和感を覚えていた。
天才魔術師?
それって、こんなものなのか?
メールエ
身体能力 D
教養 SS
戦闘能力 D
魔力 S
好感度 A




