第55話 年に一度の奴隷市
商業都市ゴーラ。
さすが、商業都市を名乗るだけあって、そこは賑やかな街だった。
キャルル領では考えられぬほどの、行きかう人々、それに立派な馬車たち。
今は、ココが御者をしているのでアリアが俺の隣に座っている。
「ちょうど農繁期も終わった時期だし、年に一度の奴隷市があるからね。いろんな身分の人たちが集まってきているよ。奴隷市は明日かららしい」
アリアがそう言う。
「私たちは別にこれ以上奴隷は必要ないと思うけど……見てみる?」
シュリアが言った。
彼女の俺に対する好感度はじわじわともとに戻ってきている。
シュリア
好感度 A
なるほどね。
魔力はだいたい一晩寝ればそれなりに回復していくのは知っていた。
好感度は謎だったけど、これも恒久的な変化ってわけじゃなくて、時間経過とともにすこしずつもとに戻っていくのかもしれない。
Sになればまた俺への魔力を供給できるようになるだろう。
ココとかアリアみたいに単純なやつなら、少し優しくしてやったり、ギャンブルにつきあってやったりするとあっという間にもとの値になるんだけど、シュリアはそういうタイプじゃないみたいだ。
いずれにしても、好感度を消費すると、再び魔力を俺が使えるようになるまでそれなりの時間がかかる。
そのタイムラグを考えると、あまり好感度を利用するのは考え物だな。
なにより、もとの値に戻るまで俺に対する態度がかなりの塩対応になるのも俺的にはメンタルにくるしなあ。
あと、これ、油断していると好感度が戻らないこともあるかもしれない。
人の俺への好意をあてにしすぎちゃうってのもよろしくないだろうしね。
うーん、俺、このままこの世界で戦うのなんてやめて、ホストでもやったほうが稼げそうな気もするなあ。
相手の好感度が見えるとか、ちょっとチートだもんな。
「まず、新聞屋さんに行って情報収集しましょ」
この世界ではそれなりに印刷技術も発達している。
こういう大きな街では、古今東西からニュースを集めて紙に印刷して売っている新聞屋がたくさんある。
新聞といっても、日本の新聞みたいに何枚もあって分厚いやつじゃない。
せいぜい、A4の紙ペラ一枚に文章が書いてあるものだ。
新聞屋にたどり着くと、壁や棚一面にびっしりと紙が展示してあった。
そのどれもが見出しだけが見えるように陳列されている。
立ち読み厳禁。
気になるニュースがあればその紙を一枚取り出してお会計する、という方式だ。
「ね、トモキ、読みたいニュース、ある?」
「いや……っていうか、俺、この世界の字がよめねえ……」
この世界の文字というのは英語みたいに左か右に読み進めていく横書きだ。
グニョグニョとミミズがのたうちまわっているみたいな文字だけど、俺は一切読めない。
勉強しなきゃだよなあ……。
「あのぉ……」
ココも、恥ずかしそうに言う。
「実は、私も、文字は……」
ココは幼少期から奴隷として育てられた。
まともな教育なんて受けていないはずだから、当然っちゃ当然かもしれないな。
「じゃあこれから時間があるときに、トモキ様とココとで文字の勉強しましょうか」
ニッキーがそう言ってくれる。
そうだな、それがいい。
俺とココのコンビ、どっちも文字が読めないとか、この先前途多難としか思えんしな。
「そうね、ニッキー、二人に教えてあげてね。とりあえず、いろいろ知りたいから根こそぎ買っていくわ」
シュリアがそう言って、言葉通り片っ端から棚の紙を一枚ずつ取り出していく。
「あ、これは私の領地のニュース……。救世主、現る、だって。こっちは勇者と救世主が戦う、ってのもある」
「噂が広がるのってはえーな。通信魔法とかあるのか?」
「あるけど、術式がめんどくさくて高価な魔石も必要とするし、使い勝手が悪いから。通信といったら主に伝書ハルトよ」
「なんだそれ」
「ちょっと大型の鳥で、頭がよく、人間に従順なの。一晩で200カルマルトくらいは跳んでくれるから、ちょっとした文書はその鳥が運んでくれるわ。町と町はその伝書ハルトによる通信網が網の目のように張り巡らされてるの」
ほーん。
なかなかの情報社会じゃないか。
「勇者ガルアド、行方不明……。こっちは勇者ガルアド、負ける……。キャルル領の救世主は本物か? いろいろあるわねえ。人の口には戸が立てられないわね、もう全部ニュースになっちゃってる。あ、これどういうことかしら。天才魔術師メールエ、直臣となる……これ、ちょっと気になるわね」
★
一通り新聞を買い集めた後、俺たちは宿に到着した。
言ってもシュリアは貴族なのだ、この辺で一番よい宿だぞ。
綺麗に磨かれた石とレンガで作られた建物で、四階建て。
その最上階が俺たちの部屋だ。
一度、そこで腰を落ち着かせる。
「隣の部屋も貴族みたいね。ちょっと挨拶しておこうかしら。ニッキー、前触れにちょっと行ってきて……」
前触れってのは、これから私の主人が挨拶に来ますよ、と先方に伝えることだ。
貴族社会ってのはいろいろめんどくさいよなー。
だけどその時だった。
「ひゃははは! 私からごあいさつに来ちゃいましたよー?」
そこにいたのは、慎重140センチくらいの、チビな女の子だった。




